渡海紀三朗(とかい・きさぶろう)氏は、兵庫県第10区を地盤とする自由民主党の衆議院議員です。文部科学大臣や自民党政務調査会長、政治改革本部長などを歴任し、2026年2月の衆議院選挙で12回目の当選を果たしました。
長い政治経歴を持つ一方、近年は「後継者は決まっているのか」「なぜ政調会長に選ばれたのか」「斎藤元彦知事とはどのような関係なのか」といった点も関心を集めています。この記事では、現在の立場から派閥、経歴、政策・実績、選挙、家族まで、公表資料と本人発言をもとに整理します。
| 名前 | 渡海 紀三朗(とかい きさぶろう) |
|---|---|
| 生年月日 | 1948年2月11日 |
| 年齢 | 78歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 兵庫県高砂市 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 議員種別 | 衆議院議員 |
| 選挙区 | 兵庫県第10区 |
| 当選回数 | 12回 |
| 学歴 | 兵庫県立姫路西高校、早稲田大学理工学部建築学科 |
| 前職 | 日建設計、外務大臣・安倍晋太郎秘書 |
| 主な役職歴 | 文部科学大臣、文部科学副大臣、内閣総理大臣補佐官、自民党政務調査会長、自民党政治改革本部長など |
| 公式サイト | 渡海紀三朗公式サイト |
| 公式X | @tokaikisaburo |
衆議院の議員プロフィールでは、2026年4月現在で兵庫10区選出、当選12回とされています。本人公式サイトには古い「当選11回」の表記も残っていますが、現在の当選回数は衆議院の議員情報および自民党公式プロフィールの12回が最新です。
渡海紀三朗の現在|兵庫10区で12選した現職衆議院議員
2026年9月現在、渡海紀三朗氏は自由民主党所属の現職衆議院議員です。2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙で兵庫10区から出馬し、75,309票を獲得して12選しました。
- 衆議院議員・兵庫県第10区選出
- 自民党 科学技術・イノベーション戦略調査会長
- 自民党 政治制度改革本部顧問
- 自民党 デジタル社会推進本部特別顧問
自民党では、科学技術政策を長年担当してきました。2026年6月には科学技術・イノベーション戦略調査会長として、第7期科学技術・イノベーション基本計画を踏まえた提言などを高市早苗首相に申し入れています。党の科学技術・イノベーション戦略調査会の発表では、基礎研究、経済安全保障、量子、核融合などに関する取り組みが紹介されています。
政治改革についても活動を続けており、2026年の年頭所感では次のように述べています。
「国民の信頼無くして政治は成り立ちません。」
出典:渡海紀三朗公式サイト「2026年 年頭所感」
2026年衆院選では、本人のXでも経済政策について発信しました。
渡海紀三朗の後継者は決まっている?
2026年9月時点で、渡海紀三朗氏の後継候補として正式に公表された人物はいません。 78歳のベテラン議員であることから進退が話題になりやすいものの、2026年衆院選でも本人が兵庫10区から立候補し、12回目の当選を果たしています。
後継者については2021年衆院選後の神戸新聞のインタビューで直接質問されています。「集大成」という言葉が後継者を考える意味なのかと問われた際、渡海氏はこう答えました。
「後継というのは有権者が決めるべきものだ」
出典:神戸新聞NEXT・2021年11月2日インタビュー
この時点では今後の進退について「次に衆院選が来た時に考える」とも話していました。その後、2024年、2026年と続けて立候補しています。
2026年選挙の公示日には、本人のXでも東播磨各地で出陣式を行った様子を発信しています。
なお、渡海氏自身は1985年に父・渡海元三郎氏が亡くなった後、その地盤を引き継ぐ形で1986年衆院選に初出馬しました。自身の後継については、父子で自動的に引き継ぐという考えではなく、「有権者が決める」という立場を本人が明言しています。
渡海紀三朗の派閥はどこ?政調会長になった理由も整理
渡海紀三朗氏は、かつて自民党の山崎派、その流れをくむ近未来政治研究会に所属していましたが、2012年に退会して以降は無派閥で活動してきました。
この「無派閥」という立場が特に注目されたのが、2023年12月の自民党政務調査会長への起用です。当時は自民党派閥の政治資金問題を受けて党役員人事が行われており、テレビ朝日は渡海氏について、山崎派系の派閥を2012年に退会し無派閥で活動していたと報じています。
- 以前:山崎派系の近未来政治研究会に所属
- 2012年:派閥を退会
- 2023年12月:政治資金問題を受けた党役員人事で政調会長に就任
- 2024年9月:政調会長を退任
- 2024年秋:政治改革本部長に就任
- 2025年11月:政治改革本部が政治制度改革本部へ改組され、2026年には顧問として活動
政調会長への就任を打診された際、渡海氏は官邸で記者団に短く決意を語っています。
「ここまで来たら逃げるつもりはありません」
出典:TBS NEWS DIG・2023年12月21日
政調会長人事については、テレビ朝日の報道でも、派閥の政治資金問題を受けた人事の中で無派閥の渡海氏が起用されたことが伝えられています。文科相や政調会長代理などの政策経験を持つベテランを、派閥色の薄い立場から起用した人事でした。
その後は政治改革本部長として党改革や政治資金制度を担当しましたが、政治改革本部は2025年11月に選挙制度調査会と統合され、加藤勝信氏を本部長とする政治制度改革本部へ改組されました。2026年衆院選時のプロフィールでは、渡海氏は政治制度改革本部顧問と紹介されています。
斎藤元彦知事とは何があった?2021年と2024年で立場が変化
渡海紀三朗氏と兵庫県の斎藤元彦知事をめぐっては、2021年知事選では斎藤氏の推薦に関わった一方、2024年の知事選では稲村和美氏を支持したという経緯があります。
渡海氏は2024年11月の自身の公式サイトで、3年前の2021年知事選では自民党国会議員が中心になって斎藤氏を推薦したと説明しました。その後の県政について、国会議員との意思疎通やガバナンスに問題意識を持つようになったとして、2024年の知事選では前尼崎市長の稲村氏を支持する考えを明らかにしています。
「これは『知事の資質』を問う重要な選挙となります。」
出典:渡海紀三朗公式サイト「知事の資質」
渡海氏は同じ文章で、県立大学の授業料無償化や県立高校再編などを例に挙げ、国政側への説明や協議のあり方を批判しました。これは渡海氏自身が示した県政運営への評価であり、斎藤氏側の見解とは区別して見る必要があります。
2024年11月17日の兵庫県知事選では斎藤氏が再選し、現在も兵庫県知事を務めています。したがって、渡海氏と斎藤氏の関係は「一貫して対立してきた」というものではなく、2021年には支援側、2024年には別候補を支持する側へ立場が変わったというのが経緯です。
渡海紀三朗の経歴|建築家から国会議員、文部科学大臣へ
渡海紀三朗氏は高砂市に生まれ、兵庫県立姫路西高校から早稲田大学理工学部建築学科へ進みました。大学卒業後は大手設計会社の日建設計に勤務し、一級建築士の資格も持っています。
| 年 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1948年 | 兵庫県高砂市に生まれる |
| 1966年 | 兵庫県立姫路西高校卒業 |
| 1970年 | 早稲田大学理工学部建築学科卒業、日建設計入社 |
| 1985年 | 日建設計を退社し、外務大臣・安倍晋太郎氏の秘書に |
| 1986年 | 衆議院議員に初当選 |
| 1993年 | 自民党を離党、新党さきがけ結成に参加 |
| 1999年 | 自民党へ復党 |
| 2002年 | 文部科学副大臣 |
| 2007年 | 文部科学大臣 |
| 2008年 | 内閣総理大臣補佐官(教育再生担当) |
| 2023年 | 自民党政務調査会長 |
| 2024年 | 自民党政治改革本部長 |
| 2026年 | 衆議院選挙で12選 |
日建設計時代には、本人の公式経歴によると、神戸陸上競技場の実施設計・設計監理や、グリーンスタジアムの基本構想などに携わりました。政治家になる前の約15年間は建築・都市設計の実務に携わっていたことになります。
1986年の初当選後は、自民党青年局長や科学技術政務次官などを歴任。1993年には自民党を離党して新党さきがけの結成に参加し、1999年に自民党へ復党しました。2007年9月には福田康夫内閣で文部科学大臣に就任しています。
政策と実績|教育・科学技術・政治改革・東播磨が軸
渡海紀三朗氏の政策分野では、教育、科学技術、政治改革、地域インフラへの継続的な関与が目立ちます。2026年の公式サイトでは、経済・物価高対策、安全保障、防災なども含む7分野を掲げています。
- 「責任ある積極財政」による戦略分野への投資
- 給付付き税額控除の制度設計と、食料品の時限的な消費減税の検討
- 医療・年金・子育て・介護を含む社会保障改革
- 防衛力、サイバー対策、自衛官の処遇など安全保障政策
- 耐震化や老朽インフラ整備を含む防災力強化
- 科学技術・イノベーションへの戦略投資
- 東播磨の地域づくり
給付型奨学金の制度設計に与党側から関与
教育分野で具体的な実績として挙げられるのが、給付型奨学金の創設に向けた制度設計です。渡海氏は自民党教育再生実行本部などで議論に関わり、与党側のプロジェクトリーダーとして制度の取りまとめを進めました。
給付型奨学金そのものは政府・与党全体の政策として制度化されたもので、文部科学省によると2017年度に創設されました。渡海氏個人だけによる制度ではありませんが、本人は2016年の公式発信で制度設計の議論を詳しく紹介しています。制度の概要は文部科学省「給付型奨学金の創設」でも確認できます。
科学技術政策は現在も中心テーマ
科学技術は若手時代から担当してきた分野です。2026年も自民党科学技術・イノベーション戦略調査会長として、基礎研究力の強化や研究環境の整備、量子・核融合などの戦略技術に関する提言を進めています。
2026年4月にはノーベル賞受賞者から基礎研究の課題を聞くヒアリングを実施し、6月には第7期科学技術・イノベーション基本計画を踏まえた4つの提言・決議を政府へ申し入れました。文科相経験だけでなく、現在も党の科学技術政策を担当している点が渡海氏の政治経歴の一つの軸です。
政治改革では政治資金や党ガバナンスを担当
2024年に政治改革本部長へ就いた後は、政策活動費の廃止、政治資金を監査する第三者機関、党ガバナンス、選挙制度などの議論を担当しました。
「熟議をつくして結論を出していくことがわれわれの責任だ」
出典:自由民主党・政治改革に関する各党協議会
自民党政治改革本部は2024年11月、政策活動費を法律上廃止する方針などをまとめました。2025年には「令和版政治改革大綱」に向けた議論も行われ、2025年11月の組織再編後は政治制度改革本部顧問として関わっています。
東播磨では道路・地域インフラ整備に関与
地元政策では、加古川市や高砂市などを含む東播磨のインフラ整備を長く掲げています。本人公式サイトでは、播磨臨海地域道路の早期実現を目指す超党派議員連盟の会長として活動しているとしています。
2026年選挙中には播磨町・稲美町での活動も公式Xで発信していました。
神戸新聞の2026年候補者紹介では、2025年に全線開通した東播磨道などのインフラ整備でも活動してきたと紹介されています。
選挙区は兵庫10区|2021・2024・2026年の選挙結果
渡海紀三朗氏の選挙区は兵庫県第10区です。現在は加古川市、高砂市、加古郡の稲美町・播磨町で構成されます。
| 衆院選 | 渡海氏の得票 | 結果 |
|---|---|---|
| 2021年 | 79,061票 | 10選 |
| 2024年 | 70,673票 | 11選 |
| 2026年 | 75,309票 | 12選 |
2021年の投票率は51.55%、2024年は50.67%でした。2026年には日本維新の会、中道改革連合、参政党、共産党の候補が立候補する中、渡海氏が小選挙区で当選しました。直近の詳細は神戸新聞の2026年兵庫10区開票結果で確認できます。
選挙期間中には、個人演説会の日程も本人の公式Xから発信されていました。
渡海紀三朗の評判・評価をめぐる主な論点
渡海紀三朗氏の「評判」を一つの言葉で決められる客観的な全国世論調査はありません。公開情報から整理すると、評価を考える際には長い選挙実績、教育・科学技術政策、党内での調整役、政治改革、兵庫県政への姿勢などが主な論点になります。
- 選挙:2026年までに衆議院議員12選
- 政策:文教・科学技術分野で長期間党政策を担当
- 党内:政治資金問題のさなかに政調会長、その後は政治改革本部長を担当
- 地元:道路整備など東播磨の地域政策に継続して関与
- 議論になる点:企業・団体献金、選挙制度改革、斎藤県政への評価などでは政治的な意見が分かれる
神戸新聞は2026年衆院選の候補者紹介で、東播磨道などのインフラ整備への関与に触れたうえで、地元首長からの信頼が厚いと紹介しました。これは同紙による人物評です。
選挙結果を見ると、2024年には70,673票で11選。2026年には75,309票で12選しています。神戸新聞の2026年出口調査では、無党派層でも約3割が渡海氏を支持し、ほぼ全年代で最多だったと報じられました。
地元での人的なつながりについては、2026年選挙期間中に元兵庫県議と面会した様子も本人のXで紹介されています。
政治改革では、渡海氏は2026年の神戸新聞インタビューで政治資金について「禁止よりも透明化」という考えを示し、献金の流れをオンラインで公開する制度を主張しました。企業・団体献金そのものの禁止を求める立場とは異なるため、この点は政治資金改革をめぐる政策上の争点の一つです。
家族|父は元建設相・渡海元三郎、妻や娘は?
渡海紀三朗氏は、元衆議院議員の渡海元三郎氏の長男です。本人の公式経歴にも「亡き父 渡海元三郎の長男として生まれる」と記載されています。
元三郎氏は国政で閣僚も務めた政治家で、1985年に死去しました。紀三朗氏はそれまで日建設計で建築の仕事をしていましたが、父の死後に政界へ転じ、翌1986年の衆院選で初当選しています。
人事興信録を出典とする家系資料には、妻と2人の娘がいるとする記載があります。一方、現在の衆議院プロフィールや自民党プロフィール、本人公式サイトでは、配偶者や子供の氏名・職業などをプロフィール情報として掲載していません。
そのため、一般人である家族については、公開範囲を超えて勤務先や生活状況などを断定するのは避けるのが適切です。息子を政治上の後継者として公表している事実もありません。 家族構成について二次資料を参照する場合は、人事興信録を基にした家系資料があります。
人物像|建築出身で阪神タイガースファン
政治経歴とは別に、渡海氏は一級建築士という経歴を持つ政治家です。本人の2021年インタビューでは、国会議員という立場そのものを目的とせず、未来に対して仕事をするための手段だという考えも語っています。
「国会議員をすることが目的じゃない。未来に対して仕事をする手段にすぎない」
出典:神戸新聞NEXT・2021年11月2日インタビュー
神戸新聞の2026年候補者紹介では、阪神タイガースの大ファンとも紹介されています。勝った試合を録画で見ることを息抜きにしていると話しており、政策や経歴以外の人物像が分かるエピソードです。
渡海紀三朗の事務所・公式サイト・公式X
渡海紀三朗氏は、地元に加古川本部事務所と高砂事務所を置いています。住所と連絡先は公式サイトで公開されています。
| 拠点 | 住所・連絡先 |
|---|---|
| 加古川本部事務所 | 〒675-0039 兵庫県加古川市加古川町粟津469-1 YKビル1F TEL:079-421-3436 |
| 高砂事務所 | 〒676-0082 兵庫県高砂市曽根町2248 TEL:079-447-4353 |
最新の連絡先は渡海紀三朗公式サイト・お問い合わせページで確認できます。公式Xは@tokaikisaburoです。
2026年衆院選でも、演説会や地域活動の予定を公式Xから発信していました。
現在は12期目の衆議院議員として、科学技術・イノベーション政策を中心に党内の政策活動を続けています。2026年6月には科学技術分野の提言を首相へ申し入れ、4月にも基礎研究力の向上に向けた党内ヒアリングを実施しており、文部科学大臣時代から続く教育・科学技術分野が現在の活動にもつながっています。

