浜田靖一氏は、千葉12区を地盤に1993年から国政を歩み、防衛大臣を2度務めてきた自民党の衆議院議員です。父は「ハマコー」の愛称で知られた元衆議院議員・浜田幸一氏ですが、本人は長年にわたって無派閥で活動してきました。
2026年2月の衆議院選挙で12回目の当選を果たし、現在は党の安全保障調査会長として安全保障政策の議論を担っています。この記事では、現在の役職、父・家族、派閥、経歴、防衛大臣時代の仕事、政策、選挙区、総裁選での人間関係まで整理します。
- 自民党の衆議院議員、千葉12区選出
- 2026年衆院選で12回目の当選
- 防衛大臣を麻生内閣・第2次岸田改造内閣で2度経験
- 2026年現在は自民党安全保障調査会長
- 父は「ハマコー」こと元衆議院議員の浜田幸一氏
- 議員生活の大半を無派閥で過ごしてきた
| 名前 | 浜田靖一(はまだ やすかず) |
|---|---|
| 生年月日 | 1955年10月21日 |
| 年齢 | 70歳(2026年9月29日時点) |
| 出身地 | 千葉県富津市 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 議員種別 | 衆議院議員 |
| 選挙区 | 千葉県第12区 |
| 当選回数 | 12回 |
| 初当選 | 1993年 |
| 現在の主な役職 | 自民党安全保障調査会長、衆議院安全保障委員会委員 |
| 主な役職歴 | 防衛大臣、党国会対策委員長、衆議院予算委員長、衆議院議院運営委員長など |
| 学歴 | 千葉県立木更津高校、専修大学経営学部 |
| 公式サイト | 浜田靖一公式サイト |
なお、浜田氏の個人公式サイトには当選回数が「11回」のまま残っているページがありますが、2026年衆院選後の衆議院議員一覧と自民党公式プロフィールでは12回となっています。本記事では新しい公的情報を優先しています。
また、自民党の現行プロフィールで本人の公式発信先として案内されているのは公式サイトとYouTubeです。本人名義の公式Xアカウントを一次情報で確認できなかったため、本記事では非公式アカウントの投稿を埋め込んでいません。
浜田靖一の現在|12期目の衆議院議員で安全保障調査会長
浜田靖一氏は2026年9月現在、自民党所属の現職衆議院議員です。千葉12区から選出され、衆議院では安全保障委員会に所属しています。
2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙では12回目の当選を果たしました。2024年10月から務めていた衆議院議院運営委員長は前国会までの役職で、現在の中心的な仕事は党安全保障調査会長としての安全保障政策です。
- 衆議院議員:千葉12区・12期
- 所属政党:自由民主党
- 自民党:安全保障調査会長
- 衆議院:安全保障委員会委員
- 前職の主な役職:衆議院議院運営委員長
党安全保障調査会では、2026年に国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画のいわゆる「戦略3文書」の改定に向けた議論を主導しました。5月の勉強会では、経済安全保障、サイバー、認知戦、インテリジェンス、海洋安全保障なども議題になっています。
「多くの人が関心を持っている。いい形になるようしっかりとまとめていく」
出典:自由民主党・安全保障調査会
6月には浜田氏を会長とする調査会が新たな国家安全保障戦略に向けた提言をまとめ、外交力・防衛力だけでなく、経済力、技術力、情報力、人材力を組み合わせる考え方を打ち出しました。提言は高市早苗総理と木原稔官房長官へ申し入れられています。
父は「ハマコー」こと浜田幸一|妻・息子など家族は?
浜田靖一氏の父は、強烈な言動から「ハマコー」の愛称で知られた元衆議院議員の浜田幸一氏です。浜田靖一氏自身も2025年の『文藝春秋』のインタビューで「長男」として父との思い出を語っています。
浜田幸一氏は1928年生まれで、千葉県を地盤に国政で活動しました。靖一氏は1984年に父の第一秘書となっていますが、政治家になる前には渡辺美智雄氏の事務所でも経験を積みました。
「家庭を顧みず、勝手に自分の人生を生きた人でした」
出典:文藝春秋PLUS・浜田靖一氏インタビュー
父の知名度が非常に高いため「浜田靖一=ハマコー」と混同されることがありますが、ハマコーは父・浜田幸一氏で、浜田靖一氏本人ではありません。
妻とは結婚しているが、息子・娘などの詳細は公表情報が限られる
浜田靖一氏は2024年の『中央公論』インタビューで、秘書時代に仕えた渡辺美智雄氏に結婚の仲人を依頼したと語っています。このため結婚していること自体は本人の発言から分かります。
一方、現在の本人公式プロフィールや自民党公式プロフィールには、妻や子供の氏名・職業などの詳しい家族構成は掲載されていません。
- 父:元衆議院議員の浜田幸一氏
- 浜田靖一氏は浜田幸一氏の長男
- 本人は結婚時に渡辺美智雄氏へ仲人を依頼したと証言
- 妻や息子・娘について、現行の公式プロフィールでは氏名や経歴を詳しく公表していない
インターネット上には妻や息子とされる人物の名前も流通していますが、本人・国会・政党などの一次資料だけでは家族関係を十分に裏付けられない情報もあります。本記事では推測で家族関係を確定していません。
浜田靖一の学歴・経歴|木更津高校、専修大学から政治の世界へ
浜田靖一氏は1955年10月21日、千葉県富津市生まれ。千葉県立木更津高等学校を卒業し、専修大学経営学部経営学科へ進学しました。
大学卒業後すぐに国会議員になったわけではありません。1980年に渡辺美智雄氏の事務所へ入り、1982年には鈴木内閣で大蔵大臣秘書官を経験。1984年から父・浜田幸一氏の第一秘書となり、1993年の衆院選で初当選しました。
| 時期 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1974年 | 千葉県立木更津高校卒業 |
| 1980年 | 専修大学経営学部卒業、渡辺美智雄事務所へ |
| 1982年 | 大蔵大臣秘書官 |
| 1984年 | 浜田幸一衆議院議員の第一秘書 |
| 1993年 | 衆議院議員に初当選 |
| 1998年 | 防衛政務次官 |
| 2003年 | 防衛庁副長官 |
| 2008年 | 麻生内閣で防衛大臣 |
| 2012年 | 自民党国会対策委員長 |
| 2015年 | 衆議院平和安全特別委員長 |
| 2016年 | 衆議院予算委員長 |
| 2022年 | 第2次岸田改造内閣で防衛大臣(2回目) |
| 2023年 | 自民党国会対策委員長(2回目) |
| 2024年 | 衆議院議院運営委員長 |
| 2026年 | 衆院選で12回目の当選、安全保障調査会長として活動 |
防衛分野だけでなく、予算委員長、国家基本政策委員長、情報監視審査会長、議院運営委員長、党国対委員長など、国会運営や与野党協議を担うポストも多く経験しています。
防衛大臣を2度経験|浜田靖一は何をした?
浜田靖一氏を政治家として特徴づける経歴の一つが、防衛分野での長い経験です。防衛政務次官、防衛庁副長官、安全保障委員長などを経て、防衛大臣を2度務めています。
1回目の防衛相ではソマリア沖の海賊対処
最初の防衛大臣就任は2008年9月の麻生内閣です。在任中の大きな案件の一つが、ソマリア沖・アデン湾で急増していた海賊への対応でした。
2009年3月、浜田防衛相は自衛隊法に基づく海上警備行動を発令。海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」「さみだれ」が派遣されました。
「ソマリア沖、アデン湾の海賊は、日本を含む国際社会への脅威」
出典:衆議院安全保障委員会会議録
その後、海賊対処法が成立し、自衛隊による海賊対処活動は法的な枠組みの下で継続されることになりました。自民党の2021年衆院選プロフィールでも「海賊対処法を成立」が浜田氏の実績として掲載されています。
2回目の防衛相では安保3文書と反撃能力
2022年8月、第2次岸田改造内閣で再び防衛大臣となりました。この時期は、日本政府が国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の3文書を2022年12月に閣議決定した時期と重なります。
3文書では、スタンド・オフ防衛能力の強化や反撃能力の保有が盛り込まれました。浜田氏は防衛相として、その必要性や運用について国会・記者会見で説明する立場にありました。
「反撃能力を含む、防衛力の抜本的強化にしっかりと取り組んでまいりたい」
出典:防衛省・浜田防衛大臣記者会見
反撃能力は当時、必要性、財源、運用条件などをめぐって国会や社会で議論になった政策です。浜田氏は同じ会見で、先制攻撃は許されず、武力行使の三要件を満たす場合に限られるという政府の立場も説明しています。
- ソマリア沖・アデン湾での海賊対処
- 防衛政務次官、防衛庁副長官、防衛大臣を歴任
- 2015年の平和安全法制審議で衆議院特別委員長
- 2022年の安全保障関連3文書策定
- 反撃能力・スタンド・オフ防衛能力を含む防衛力整備
- 2026年の新たな国家安全保障戦略に向けた党提言
浜田靖一の政策|安全保障だけでなく社会保障・防災・地方創生
浜田氏の公式サイトの政策では、安全保障、持続的な社会保障、防災、地方創生の4分野が柱になっています。
| 分野 | 主な内容 |
|---|---|
| 安全保障 | 防衛力・防衛体制の強化、同志国・友好国との防衛協力 |
| 社会保障 | 子供から高齢者までを対象とした持続可能な全世代型社会保障 |
| 防災 | 国土強靱化、地方分権、地域コミュニティーとの連携 |
| 地方創生 | 農林水産業・商工業の活性化、南房総を含む地域経済の振興 |
2024年衆院選の日本テレビ・JX通信社候補者アンケートでも、最も重視する政策として「外交・安全保障」を選び、日本の防衛力をさらに強化することには「賛成」と回答しました。
選択的夫婦別姓には賛成の立場
安全保障では比較的強い姿勢を示す浜田氏ですが、社会制度に関するすべての論点が一方向というわけではありません。
自民党の2021年衆院選プロフィールには、選択的夫婦別姓の早期実現を目指す議員連盟の会長に就任したことが実績として記載されています。2024年の候補者アンケートでも、選択的夫婦別姓制度に「賛成」と回答しました。
同じアンケートでは、同性婚の法制化には「やや賛成」、自衛隊の存在を憲法へ明記することには「賛成」、核シェアリングには「やや反対」としています。
中国には対話を続けつつ安全保障上の懸念を表明
浜田氏を中国との関係から評価する際は、「親中」「反中」といった一つのラベルだけでは、公的記録に残る対応を十分に表せません。
2023年6月の日中防衛相会談では、安全保障上の懸念があるからこそ率直な議論が重要だとして対話継続を求める一方、尖閣諸島を含む東シナ海・南シナ海情勢に「深刻な懸念」、中露の共同軍事行動にも「重大な懸念」を表明しました。台湾海峡の平和と安定の重要性にも言及しています。
両国の防衛当局間ホットラインを適切に運用し、対話を続けることでも一致しました。詳しい会談内容は防衛省の日中防衛相会談概要で公開されています。
派閥はどこ?浜田靖一が長年「無派閥」だった理由
浜田靖一氏は、議員生活の大半を無派閥で過ごしてきた政治家です。
初当選した1993年当時は、秘書として仕えた渡辺美智雄氏の渡辺派に所属しました。しかし渡辺氏が1995年に死去し、1998年に山崎拓氏が旧渡辺派から独立して近未来政治研究会をつくった際には参加せず、その後は無派閥で活動してきたと本人が説明しています。
「自分は入りたい派閥が見つからなかったと言うか……。」
出典:中央公論.jp・浜田靖一氏インタビュー
父の浜田幸一氏も、ほとんど派閥に属さなかった政治家でした。靖一氏は同じインタビューで、父については「入りたくても入れてもらえなかった」と振り返る一方、自身については渡辺美智雄氏ほど強くひかれるリーダーが見つからなかった経緯を語っています。
浜田氏は長年無派閥でありながら、防衛大臣を2回、党国会対策委員長を2回経験したほか、予算委員長や議院運営委員長なども務めました。
野田聖子・小林鷹之・高市早苗との関係は?
浜田靖一氏の名前は、自民党総裁選をめぐって複数の政治家との関係でも登場します。ただし、推薦人になった事実と恒常的な政治グループへの所属は分けて見る必要があります。
2021年総裁選では野田聖子氏の推薦人
2021年の自民党総裁選では、浜田氏は野田聖子氏の推薦人20人の一人でした。自民党が公開した野田氏の推薦人一覧に浜田氏の名前が記載されています。
この事実から確認できるのは総裁選で推薦人を務めたことまでであり、浜田氏が野田氏の派閥に所属していたという意味ではありません。
2025年総裁選では小林鷹之氏の「推薦人代表」
2025年の自民党総裁選では、立場がさらに明確でした。浜田氏は小林鷹之氏の推薦人代表を務めています。
この総裁選には小林氏のほか、茂木敏充氏、林芳正氏、高市早苗氏、小泉進次郎氏が立候補し、最終的には高市早苗氏が自民党総裁に選出されました。2026年には高市政権の下で、浜田氏が安全保障調査会長として政府へ政策提言を行っています。
選挙区は千葉12区|2026年衆院選は約13万票で12選
浜田靖一氏の選挙区は千葉県第12区です。現在の区域は館山市、木更津市、鴨川市、君津市、富津市、袖ケ浦市、南房総市、安房郡鋸南町で、房総半島南部から内房に広がっています。
| 衆院選 | 浜田氏の得票 | 結果 |
|---|---|---|
| 2024年 | 105,510票 | 当選・11期目 |
| 2026年 | 129,997票 | 当選・12期目 |
2026年2月8日の選挙では129,997票を獲得し、得票率は71.5%でした。大薄裕也氏が34,270票、葛原茂氏が17,601票で、浜田氏が小選挙区で当選しています。千葉県選挙管理委員会も第51回衆院選の公式結果を公開しています。
地元事務所は千葉県木更津市新宿1-3 柴野ビル2階、国会事務所は衆議院第二議員会館315号です。最新の連絡先は本人公式サイトの事務所案内で確認できます。
「政治と金」や統一教会をめぐる事実関係
浜田氏については、自民党の政治資金問題や旧統一教会との関係も論点になってきました。それぞれ、本人に関する事実と党全体の問題を分けて整理する必要があります。
派閥の政治資金問題後に国対委員長へ
2023年12月、自民党派閥の政治資金パーティー問題が広がる中、安倍派の高木毅氏が党国会対策委員長を辞任しました。後任に起用されたのが、無派閥だった浜田氏です。
本人の現在の公式サイトでも自民党の「政治と金」の問題に触れ、政治不信を招いたことを謝罪したうえで、適正な規制と透明性の確保を掲げています。
「適正な規制と透明性を確保することが重要」
出典:浜田靖一公式サイト
旧統一教会については国会で「関係はない」と答弁
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との関係については、浜田氏が防衛大臣だった2022年10月27日の衆議院安全保障委員会で質問を受けています。
「統一教会との関係、私自身にはございません。」
出典:国会会議録検索システム・衆議院安全保障委員会
同じ答弁で浜田氏は、政策協定への署名を求められたことも、実際に署名したこともないと説明しています。ここで示しているのは本人が国会で行った説明の内容です。
浜田靖一の「評判」を左右する主な論点
浜田氏について一つの評価を決めるのではなく、政治経歴を見るうえで論点になりやすい事実を並べると、人物像がつかみやすくなります。
- 安全保障:防衛大臣を2回経験し、現在も党安全保障調査会長として防衛力強化を主張
- 党内での立ち位置:長年無派閥でありながら、国対委員長や議院運営委員長など調整型のポストを経験
- 社会制度:選択的夫婦別姓には賛成し、早期実現を目指す議員連盟の会長も経験
- 中国政策:東シナ海などへの懸念を表明する一方、防衛当局間の対話・ホットラインも重視
- 政治資金問題:自民党の問題を受けて公式サイトで謝罪し、透明性確保を掲げる
2026年衆院選では千葉12区で129,997票、得票率71.5%を得て12期目に入りました。選挙で示された結果と、個々の政策への評価は分けて見ることができます。
UFO・UAP議連の会長も務める
安全保障分野での活動には、少し意外に見えるテーマもあります。浜田氏はUAP(未確認異常現象)を安全保障の観点から扱う超党派議員連盟の会長です。
ここで扱われているのは「宇宙人がいるか」という話だけではありません。正体不明の物体や現象が日本の領空・周辺空域で確認された場合、情報収集や政府内の報告体制をどう整えるかという安全保障・インテリジェンス上の問題です。
2026年5月には議連として木原稔官房長官へ提言を提出し、官房長官の下でUAP情報を一元化する司令塔機能や、目撃者が不利益を恐れず報告できる制度などを求めました。
「官房にですね、司令塔機能を集中させて、そこでやはり対応を練ってもらう」
出典:TBS NEWS DIG・浜田靖一UAP議連会長発言
- 座右の銘:同心成就
- 趣味:ゴルフ、読書
- 好きなもの:海苔
- 苦手なもの:蜘蛛
これらは自民党が2021年衆院選時に公開した本人プロフィールに掲載されていた内容です。
2026年は再び安全保障政策の前面へ
浜田靖一氏は2026年2月の衆院選で12期目に入り、70歳となった現在も国政を続けています。防衛大臣そのものは現在の役職ではありませんが、長年蓄積してきた防衛・安全保障分野の経験を、党安全保障調査会長として政策づくりに使う立場にあります。
2026年にまとめた新たな国家安全保障戦略への提言では、従来の防衛装備だけでなく、サイバー、認知戦、インテリジェンス、経済安全保障、科学技術、人材まで対象が広がりました。現在の活動を追ううえでは、自民党の浜田靖一議員ページと本人公式サイトで最新情報を確認できます。

