長島昭久と旧統一教会・合同結婚式報道は?妻・家族、なぜ自民党へ移ったのかも解説

長島昭久

長島昭久氏は、自由民主党所属の衆議院議員で、東京30区(府中市・多摩市・稲城市)選出の9期目です。民主党政権では防衛副大臣や首相補佐官を務め、その後は民進党、希望の党、無所属を経て自民党へ入りました。

2026年には旧統一教会との過去をめぐる報道を受け、学生時代の信仰や妻との出会い、30年以上前の脱会について自ら説明しています。妻・娘2人との家族、慶應義塾から米国留学へ進んだ学歴、自民党入りの経緯、選挙結果、現在の政策活動まで順に見ていきます。

長島昭久氏を簡単に見ると

外交・安全保障を長く専門分野としてきた政治家で、民主党政権と石破政権の双方で首相補佐官を経験しています。現在は衆議院の北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長を務めています。

項目内容
名前長島昭久(ながしま あきひさ)
生年月日1962年2月17日
年齢64歳(2026年9月30日時点)
出身地神奈川県横浜市港南区
所属政党自由民主党
議員種別衆議院議員
選挙区東京30区(府中市・多摩市・稲城市)
当選回数9回
現在の主な役職北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、安全保障委員
初当選2003年
前職石原伸晃衆院議員公設秘書、東京財団主任研究員、米国外交問題評議会研究員など
主な役職歴防衛大臣政務官、防衛副大臣、内閣総理大臣補佐官、衆議院安全保障委員長など
家族妻、娘2人
公式サイト長島昭久公式サイト
公式X@nagashima21

現職や当選回数は衆議院の議員プロフィールでも公表されています。

目次

長島昭久氏と旧統一教会・合同結婚式報道は何が事実?

長島昭久氏をめぐって2026年1月に大きく報じられたのが、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との過去の関係です。

文春オンラインの2026年1月7日付記事は、教団側の内部文書と長島氏への取材をもとに、長島氏が過去に教団の「マッチング」を受けていたことや、「合同結婚式」をめぐる内容を報道しました。

同日、長島氏は本人公式サイトで説明文を公表しています。そこで本人が認めたのは、学生時代に国際勝共連合の集会へ足を運び、その後に統一教会の集まりにも参加したこと、そこで現在の妻と出会ったことです。

「看過し得ない矛盾と疑問を感じ、二人で脱会しました(30年以上前)。」

出典:長島昭久公式サイト「週刊文春の報道を受けて」
本人が認めたこと・否定したこと
  • 学生時代に国際勝共連合や統一教会の集まりへ参加した
  • 現在の妻とは教会の集まりで出会った
  • 教団内部文書にある「元々マッチング家庭(会員)」という部分について本人は「事実」と認めた
  • 夫婦で30年以上前に脱会したと説明している
  • 教団文書に記された「最近再びつながり、応援を受けた」という内容については否定している
  • 本人は、国政挑戦時にはすでに脱会しており、選挙支援を依頼したことも受けたこともないとしている

「合同結婚式」という表現は文春報道で使われています。文春は後日の記事でも、長島氏が取材に「合同結婚式への参加を認めた」と報じています。一方、長島氏自身の公式説明では、結婚式は世話になっていた都議会議員の媒酌で、大学の同期や知人・友人から祝ってもらったと記しています。

つまり、旧統一教会での信仰歴やマッチングを受けた過去については本人も認めています。その後に教団との関係を再開して選挙支援を受けたという内部文書の記載については、本人側が否定しており、両者の説明が一致していません。

長島氏は、この問題について公式Xでも自らの説明を発信しました。

 

妻と娘2人の家族|実家・父親について公表されていること

長島氏の公式プロフィールでは、家族構成を「妻と娘二人」と公表しています。妻や娘は一般人として生活しており、2026年1月の旧統一教会をめぐる説明でも、長島氏は家族への配慮を求めています。

妻との結婚や米国留学時代については、本人の公式略歴「長島昭久の歩み」に詳しい記述があります。

1993年、31歳で米国留学を決断したのは、結婚からわずか5か月ほど後でした。本人によれば、当時は留学資金に余裕がなく、妻が日本で働きながら仕送りを続けたといいます。その後、妻も渡米し、米国滞在中に長女が誕生。ジョンズ・ホプキンス大学大学院を卒業して米国外交問題評議会で働いていた時期には次女も誕生しました。

長島氏は以前から公式Xでも妻について触れており、2011年には妻の誕生日について投稿しています。

娘とのエピソードも時折発信しており、2018年の父の日には娘から贈られたプレゼントについて投稿しました。

実家や父親の詳しい情報は公表されていない

長島氏は神奈川県横浜市港南区の出身です。ただし、父親の氏名や職業については、衆議院や本人の公式プロフィールには掲載されていません。

実家について本人が明らかにしているのは、米国留学を振り返った公式略歴の中で、本人も実家も経済的に余裕のある家庭ではなかったと説明していることなどです。父親の職業や家系をめぐるネット上の情報については、公式資料で裏付けられない内容まで事実として扱うことはできません。

 

長島昭久氏はなぜ自民党へ?民主党・民進党から移った経緯

長島氏は最初から自民党の政治家だったわけではありません。2003年に民主党から衆議院議員へ初当選し、民主党政権では防衛大臣政務官、外交・安全保障担当の首相補佐官、防衛副大臣を務めました。

時期所属・動き
2003年民主党から衆議院初当選
2016年民主党と維新の党の合流に伴い民進党へ
2017年民進党を離党し、希望の党へ参加
2018年希望の党解党後、無所属へ
2019年自由民主党へ入党

2017年の民進党離党について、長島氏は自身の公式略歴で、共産党との選挙協力を進める党方針と、自身が目指してきた政権交代可能な「責任政党」像が合わなくなったことを理由として説明しています。これは長島氏本人による政治的な評価・説明です。

希望の党解党後は無所属となり、2019年6月に自民党へ入党しました。その際の記者対応では、当時の野党勢力について次のように語っています。

「もはや私の政治信条とは相いれないものとなっている」

出典:テレビ朝日「長島昭久議員が自民党に入党届」

本人の説明では、外交・安全保障政策を政府の中で実現するには、自民党で再出発する道を選ぶ必要があると判断したという経緯です。

ただし、入党に伴って大きな問題になったのが「国替え」でした。当時の東京21区には自民党の現職議員がいたため、自民党入り後の選挙では別の選挙区へ移ることになり、2021年衆院選では東京18区から立候補しました。

自身の政治的な立ち位置は「穏健保守」を意識

政党を移ってきたため政治的な立ち位置も注目されます。長島氏は2015年、当時の自身の考え方について公式Xで発信していました。

現在の政策を見ると、安全保障や憲法改正では積極的な主張を持つ一方、単純な政治思想のラベルだけでなく、個別政策ごとに本人の主張を見る必要があります。

派閥は?2024年総裁選では石破茂氏の推薦人

長島氏の「派閥」「何派」という点では、2024年の自民党総裁選時に二階派所属として報道されていました。一方、自民党ではその前後に従来型派閥の解散が相次いでおり、2026年の本人公式プロフィールには現在の所属派閥は記載されていません。

2024年の総裁選では、自民党公式の候補者情報で石破茂氏の推薦人として名前が掲載されています。

石破氏が首相に就任すると、長島氏は2024年10月から国家安全保障に関する重要政策、核軍縮・不拡散問題担当の内閣総理大臣補佐官に就任。第2次石破内閣でも続投しました。石破政権当時の活動は首相官邸のプロフィールに記録されています。

石破氏との関係や自身の立場について、2024年には公式Xでも発信しています。

2026年9月現在、長島氏は首相補佐官ではありません。9月17日に発足した第2次高市改造内閣では、国家安全保障・核軍縮・不拡散担当の首相補佐官は若宮健嗣氏です。現職については首相官邸の補佐官名簿で確認できます。

現在は東京30区の衆院議員9期目|2026年は11万453票で当選

現在の長島氏は、東京30区の衆議院議員で当選9回。東京30区は府中市、多摩市、稲城市で構成されています。

2026年2月8日の第51回衆院選では、11万453票を獲得して東京30区で小選挙区当選しました。2021年と2024年は小選挙区では敗れたものの、いずれも比例代表で復活当選しているため、国会議員としての在職が途切れたわけではありません。

衆院選選挙区長島氏の得票結果
2021年東京18区115,881票小選挙区敗北・比例復活(7期目)
2024年東京30区91,798票小選挙区敗北・比例復活(8期目)
2026年東京30区110,453票小選挙区当選(9期目)

2021年の東京18区では元首相の菅直人氏が12万2,091票、長島氏が11万5,881票でした。2024年の東京30区では立憲民主党の五十嵐えり氏が9万8,146票、長島氏は9万1,798票。2026年には長島氏が11万453票を得て、五十嵐氏の8万1,082票を上回りました。各得票は東京都選挙管理委員会の2026年衆院選開票結果、2024年衆院選開票結果、2021年衆院選開票結果によります。

長島昭久氏の事務所
  • 地元事務所:〒183-0022 東京都府中市宮西町4-12-11 モア府中2F/TEL 042-319-2118
  • 国会事務所:〒100-8981 東京都千代田区永田町2-2-1 衆議院第一議員会館510号室/TEL 03-3508-7309

所在地・連絡先:長島昭久公式プロフィール

学歴・経歴|慶應義塾で23年学び、米国で安全保障を研究

長島氏の学歴で特徴的なのは、小学校の慶應義塾幼稚舎から大学院博士課程まで約23年間、慶應義塾で学んだことです。大学時代は応援指導部に所属していました。

慶應義塾大学法学部法律学科を卒業した後、政治学科へ学士入学し、さらに大学院法学研究科で憲法学を学びました。

政治を本格的に志すきっかけとして本人が挙げているのが、高校3年だった1979年です。イラン革命、中越戦争、ソ連のアフガニスタン侵攻などが続く国際情勢を見ながら、日本の政治にも強い問題意識を持ったと振り返っています。

「日本にも、国際政治をリードできるような政治家が必要だ」

出典:長島昭久公式サイト「長島昭久の歩み」

石原伸晃氏の秘書から米国留学へ

1990年、大学院博士課程在学中に石原伸晃氏の初めての選挙を手伝い、当選後に公設第一秘書となりました。

1993年には政治の現場を一度離れ、31歳で渡米。語学力を上げながら研究を続け、最終的にジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)へ進学し、国際関係論・国際経済学を学びました。

卒業後は米国のシンクタンク外交問題評議会(CFR)で研究員となり、帰国後は東京財団主任研究員を経て国政へ挑戦します。2000年の衆院補欠選挙では敗れましたが、約3年間の活動を経て2003年、41歳で初当選しました。

政治家としての主な経歴
  • 2003年:衆議院議員に初当選
  • 2009年:防衛大臣政務官
  • 2011年:野田内閣の内閣総理大臣補佐官(外交・安全保障担当)
  • 2012年:防衛副大臣
  • 2021年:衆議院安全保障委員長
  • 2021~2022年:北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長
  • 2024~2025年:石破内閣・第2次石破内閣の内閣総理大臣補佐官
  • 2026年~:北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長

政策・実績|外交安全保障とこども政策を二つの軸に

長島氏が現在、政策の大きな柱として掲げているのは、外交・安全保障と、こども政策です。そのほか環境・技術、経済政策、憲法改正についても本人公式サイトで政策を示しています。

外交・安全保障では「現実的な視点」を強調

安全保障分野について長島氏は、日米同盟、同志国との連携、日本自身の防衛能力強化などを重視しています。

「外交・安全保障には何よりも現実的な視点が必要なのです。」

出典:長島昭久公式サイト「基本理念」

2026年3月には、自民党安全保障調査会などがまとめた防衛装備移転三原則の運用指針見直しに関する与党提案を高市早苗首相へ提出。4月には衆議院安全保障委員会で小泉進次郎防衛相に防衛装備移転をめぐって質問しました。

2026年6月には、自民党安全保障調査会がまとめた新たな国家安全保障戦略などの策定に向けた提言にも関わっています。

核政策では2026年の自民党案と維新案の違いを説明

長島氏は石破政権で、国家安全保障だけでなく核軍縮・不拡散問題も担当する首相補佐官でした。「長島昭久 核」といった論点では、本人が核兵器保有を単純に主張していると決めつけると、2026年時点の発言とは一致しません。

2026年6月、自民党と日本維新の会がそれぞれまとめた安全保障3文書改定の提言について、原子力潜水艦と非核三原則が大きな違いだと説明しました。

「うちは両方とも踏み込んでいません。」

出典:選挙ドットコム・長島昭久氏インタビュー

この時点の自民党提言では、維新側が示していた非核三原則の「持ち込ませず」の見直しや原子力潜水艦の具体的検討までは踏み込んでいない、と長島氏は説明しています。

2026年9月には、ロシア・ウクライナ情勢や日本の対外政策についても公式Xで提言を発信しました。

こども政策では「ネウボラ議連」を設立

外交・安全保障と並び、長島氏が長く取り組んでいるのがこども政策です。特に重視しているのが、妊娠期から出産・子育てまで継続的に家庭へ伴走するフィンランド発祥の「ネウボラ」を参考にした支援です。

2026年5月には「妊娠期から家族を社会で支える議員連盟(ネウボラ議連)」を設立し、会長に就任しました。

6月には、長島氏が会長や幹事長を務める「ネウボラ議連」「児童の養護と未来を考える議員連盟」「子どもの貧困対策推進議員連盟」の3議連で、夏休みに給食を利用できない困窮世帯への支援、社会的養護、妊娠期からの予防的な伴走支援などをこども政策担当相へ申し入れています。

具体的な申し入れ内容は本人公式サイトの2026年6月20日活動報告でも公開されています。

長島昭久氏の評判・評価を見るときの主な論点

長島氏について、支持・不支持を一つの「評判」で表す客観的な指標はありません。公開されている経歴や発言からは、評価の分かれ目になりやすい材料がいくつかあります。

評価を考える際に押さえておきたい論点
  • 外交・安全保障の専門性:米国での研究経験に加え、防衛副大臣や二度の首相補佐官、安全保障委員長などを経験している
  • 所属政党の変遷:民主党・民進党・希望の党・無所属・自民党と所属が変わった。本人は外交・安全保障政策や政策実現を理由として説明している
  • 旧統一教会との過去:2026年に信仰歴やマッチングを受けた過去を明らかにした一方、近年の組織的関係や選挙支援については否定している

政党を移りながら外交・安全保障政策を一貫してきた点を重く見るか、所属政党の変更そのものを重く見るかによっても受け止め方は異なります。旧統一教会をめぐる問題も、本人が認めた過去の関係と、本人が否定している近年の支援関係を分けて見る必要があります。

日本スケート連盟会長を4期務め、2026年9月に退任

政治以外では、長島氏とスケート界との関わりも長く、2019年から2026年まで日本スケート連盟会長を務めました。

2026年9月19日に会長を退任しており、現在の日本スケート連盟会長ではありません。4期にわたって会長を務めた後、橋本聖子氏が会長へ復帰しました。

本人の最新プロフィールでは、日本スポーツ協会参与を続けるほか、2026年から東京都スケート連盟名誉会長となっています。会長在任期間は長島氏公式プロフィール、2026年9月の交代は日刊スポーツの報道でも確認できます。

2026年9月現在、国会では拉致問題特別委員長を務めながら、安全保障政策、こども政策、日韓・日米をはじめとする議員外交にも活動を広げています。東京30区では9期目に入り、府中市・多摩市・稲城市を地盤として国政活動を続けています。

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