橋本聖子の現在は?JOC会長・選挙区とオリンピック実績、夫・子供まで

橋本聖子

橋本聖子氏は、トップアスリートとして経験したスポーツ、健康、女性の社会参加などの課題を、その後の政治活動や競技団体の運営へつなげてきた参議院議員です。

国会議員としての経歴は1995年から続き、スポーツ行政では東京2020大会、JOC、日本スケート連盟など幅広い立場を経験してきました。本記事では、2026年10月時点の現在の役職、選挙区、オリンピック成績、政策、夫・子供、若い頃に加え、高橋大輔氏との報道や政治資金をめぐる問題まで整理します。

目次

橋本聖子の現在|参議院議員・JOC会長・日本スケート連盟会長を務める

2026年10月現在、橋本聖子氏は自由民主党所属の参議院議員であり、スポーツ界では日本オリンピック委員会(JOC)会長を務めています。2026年9月には日本スケート連盟会長へ7年ぶりに復帰しました。参議院では2025年の選挙で6期目に入っています。参議院の議員プロフィールでは、2026年9月30日現在、文教科学委員会、行政監視委員会、災害対策及び東日本大震災復興特別委員会に所属しています。

2026年10月現在の主な立場
  • 参議院議員:自由民主党、比例代表、当選6回
  • 日本オリンピック委員会(JOC)会長:2025年6月就任
  • 日本スケート連盟会長:2026年9月に7年ぶりに復帰
  • 日本自転車競技連盟会長:2023年6月から
  • 自民党ではスポーツ政策に関わる活動を継続

国会議員とスポーツ競技団体のトップを同時に務めているのが、現在の橋本氏の大きな特徴です。

「初心を忘れずに、JOCの業務を遂行してまいります」

出典:日本オリンピック委員会「橋本聖子新会長が就任」

JOC会長には2025年6月26日に就任しました。JOCによると、会長が投票で選ばれたのは36年の歴史で初めてで、橋本氏は初の女性会長となりました。現在の役員名簿でも会長として掲載されています。

名前橋本聖子(はしもと せいこ)
本名石崎聖子(いしざき せいこ)
生年月日1964年10月5日
年齢61歳(2026年10月2日時点)
出身地北海道勇払郡早来町(現在の安平町)
所属政党自由民主党
議員種別参議院議員
選挙区比例代表
当選回数6回
初当選1995年
学歴駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業
前職富士急行社員、スピードスケート・自転車競技選手
主な公職歴外務副大臣、東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、男女共同参画担当大臣、東京2020組織委員会会長など
公式サイト橋本聖子オフィシャルサイト
 

オリンピックは夏冬7大会に出場|メダルはアルベールビルの銅

政治家になる前の橋本氏は、スピードスケートと自転車競技の二つでオリンピックに出場したアスリートでした。冬季4大会、夏季3大会の合計7大会に出場しています。

オリンピックで獲得したメダルは1個です。 1992年アルベールビル冬季大会のスピードスケート女子1500メートルで銅メダルを獲得しました。本人の公式プロフィールでは、日本女子として初のスピードスケート五輪メダルだったと紹介されています。

大会競技主な成績
1984年 サラエボ冬季スピードスケート500m 11位など
1988年 カルガリー冬季スピードスケート500m 5位、1000m 5位など
1988年 ソウル夏季自転車スプリント出場
1992年 アルベールビル冬季スピードスケート1500m 銅メダル
1992年 バルセロナ夏季自転車3000m個人追抜出場
1994年 リレハンメル冬季スピードスケート3000m 6位など
1996年 アトランタ夏季自転車ポイントレース9位など

五輪以外では、1990年のスピードスケート世界選手権で総合銀メダルを獲得しました。五輪の銅メダルと混同されることがありますが、世界選手権とオリンピックは別の大会です。競技成績の詳細はJOCの会長略歴にも掲載されています。

 

橋本聖子は政治家として何をしてきた?1995年初当選から東京2020まで

橋本氏は現役選手だった1995年の参議院選挙で初当選しました。翌1996年のアトランタ五輪にも出場しているため、国会議員とオリンピック選手の活動が重なった時期があります。

年主な政治経歴
1995年参議院議員に初当選
2000年北海道開発総括政務次官
2001年参議院文教科学委員長
2008年外務副大臣
2012年参議院自民党政策審議会長
2016年参議院自民党議員会長
2019年東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、男女共同参画担当大臣、女性活躍担当大臣
2021年東京2020組織委員会会長

東京2020では担当大臣から組織委員会会長へ

2019年9月、橋本氏は東京オリンピック・パラリンピック担当大臣に就任し、男女共同参画、女性活躍担当も兼務しました。

2021年2月には大臣を退任し、森喜朗氏の後任として東京2020組織委員会会長へ就任しました。組織委員会会長には政治的中立性が求められるとの指摘を受け、就任翌日に自民党へ離党届を提出しています。

「会長を務めるためには、やはり政党に所属することを続けていけば、国民の皆さんに理解をして頂くことができないと判断した」

出典:テレビ朝日「橋本氏 自民党に離党届」

東京大会終了後の2022年7月、自民党は橋本氏の復党を了承しました。その後も参議院議員として活動を続けています。

橋本聖子の選挙区はどこ?2025年参院選で6期目

橋本聖子氏の選挙区は「北海道選挙区」ではありません。 参議院の全国比例代表から選出されています。北海道出身で自民党北海道連会長を務めた経歴もあるため混同しやすい点です。

参議院の当選歴
  • 1995年:初当選
  • 2001年:2期目
  • 2007年:3期目
  • 2013年:4期目
  • 2019年:5期目
  • 2025年:6期目

2025年7月20日投開票の参議院選挙では、自民党の比例代表候補として176,404票を獲得して当選しました。参議院の公式情報では任期満了日は2031年7月28日です。2025年の得票は選挙ドットコムの比例代表結果でも確認できます。

橋本聖子の政策|「健康まちづくり」とスポーツ政策が軸

橋本氏が長く掲げているテーマの一つが、健康、福祉、スポーツを地域づくりにつなげる政策です。自民党の候補者紹介では、自らの政策テーマについて次のように説明しています。

「ライフワークは『健康まちづくり』です。」

出典:自由民主党「橋本聖子|OurChallenge」
橋本聖子氏が扱ってきた主な政策分野
  • 健康・生涯スポーツ:運動を通じた健康寿命の延伸、スポーツ環境の整備
  • 子育て・女性政策:仕事と出産・子育ての両立、男女共同参画
  • 医療・福祉:予防、母子保健、地域福祉
  • 地域づくり:地方分権、バリアフリー、環境整備
  • スポーツ産業:国際大会、競技力向上、スポーツ市場、スポーツDXなど

2026年はスポーツ予算や国際大会、eスポーツにも関与

2026年には、橋本氏が会長を務める自民党のスポーツ立国調査会が、国際競技大会の戦略的招致やスポーツ関係予算の拡充、地域スポーツ、スポーツ産業の成長などを盛り込んだ提言を政府へ提出しました。自民党が公表した提言では、2030年までのスポーツ市場15兆円規模なども掲げています。

同年7月には国立スポーツ科学センターのeスポーツラボも視察しました。自民党は、この設備についてスポーツ立国調査会の提言を受けて整備されたものと説明しています。これは橋本氏個人だけの事業ではなく、調査会として進めてきたスポーツ政策の一つです。

夫・子供は?家族は夫と3男3女

自民党の紹介では、橋本氏の家族は夫と3男3女です。

本人の公式サイトによると、夫は橋本氏と交際を始めた当時、警視庁に勤務する警察官で、島村宜伸農林水産大臣(当時)のSPを務めていました。北海道出身で橋本氏より9歳年上、学生時代にはラグビーをしていたと紹介されています。

「夫の職業はSP」と紹介されることがありますが、これは二人が知り合った当時の職歴です。 現在も同じ職務に就いているとする確かな公表情報はないため、現在の職業として断定することはできません。経緯は橋本氏本人による家族の紹介に記されています。

結婚時に3人の子供の母となり、自身も出産

夫には、亡くなった前妻との間に3人の子供がいました。橋本氏は結婚によって3人の母となり、その後、自らも子供を授かっています。公式サイトでは現在の家族構成が3男3女と紹介されています。

「子育て中の普通の母親が議員であり続ける事が大切」

出典:橋本聖子オフィシャルサイト「情熱!-子育ては私の学び」

2000年4月12日には女児を出産しました。本人によると、それまで参議院では「出産」が正式な欠席理由として規定されておらず、橋本氏の妊娠・出産を契機に扱いが見直されました。

「橋本聖子 出産 年齢」については情報にばらつきがありますが、公式プロフィールの生年月日が1964年10月5日、本人が公表する出産日が2000年4月12日のため、満年齢では35歳での出産です。

若い頃と実家|「聖子」の名前は1964年東京五輪の聖火が由来

橋本氏は1964年10月5日、北海道勇払郡早来町に生まれました。1964年東京オリンピックの開会式はその5日後でした。

本人の幼少期についての公式ページによると、父親が東京大会の開会式で聖火を見て感動し、そこから「聖子」と名付けました。父は幼い頃から娘をオリンピック選手にしたいと考えていたといいます。

実家は北海道の牧場で、冬はスケート、夏は乗馬や自転車に親しんで育ちました。競技人生の原点には、北海道の牧場での生活がありました。

実家と名馬マルゼンスキーの関係

競馬ファンの間では、橋本氏の実家と名馬マルゼンスキーの関係も知られています。JRAの顕彰馬マルゼンスキーの資料では、馬主として父・橋本善吉氏の名前が掲載されています。

マルゼンスキーは現役時代8戦8勝。1990年に顕彰馬へ選ばれました。政治家としての橋本氏とは直接関係のないエピソードですが、「実家」「父親」「マルゼンスキー」という情報が結び付く理由は、実家の牧場・競走馬事業にあります。

「難病」という情報は?小学生時代の腎臓病を本人が公表

橋本氏は自身の公式サイトで、小学3年生の冬に腎臓病で2か月間入院し、約2年間スポーツを禁止された経験を明かしています。その入院生活が、のちに福祉を政治で扱う原点の一つになったとも説明しています。

ネット上で使われる「難病」という言葉を、そのまま現在の診断名として扱うことはできません。 本人が明確に公表しているのは過去の腎臓病などの療養経験であり、現在の健康状態を推測する情報ではありません。

高橋大輔とのキス報道は何だった?2014年の経緯

橋本氏について長く検索されている出来事の一つが、フィギュアスケートの高橋大輔氏との写真をめぐる2014年の報道です。

週刊文春が、2014年ソチ冬季オリンピック後の打ち上げで、当時日本スケート連盟会長だった橋本氏が高橋氏にキスをしている写真を掲載しました。報道では「強制キス」などの表現も使われましたが、当事者双方の説明はそれと同一ではありません。

2014年の報道をめぐる主な説明
  • 橋本氏側は「キスを強制した事実はありません」と説明
  • 高橋大輔氏は、自身はパワハラやセクハラだとは認識していないとの趣旨を説明
  • 橋本氏は、自身の行動が軽率だったとして謝罪
  • 日本スケート連盟会長の辞任を申し出たものの、慰留され続投

「私の行動は甚だ軽率であったと深く反省しております」

出典:日刊スポーツ「橋本聖子氏が謝罪」

高橋氏も当時、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントという認識はなかったと説明しています。したがって、写真が報道された事実、橋本氏が謝罪した事実と、報道で用いられた評価的な表現は分けて扱う必要があります。高橋氏の説明はデイリースポーツの当時の報道に残っています。

橋本聖子は議員辞職した?政治資金問題と2024年の処分

橋本聖子氏は議員辞職していません。 「議員辞職」という言葉が広がった大きな理由は、自民党派閥の政治資金をめぐる問題について、2024年3月の参議院政治倫理審査会で「一度は国会議員を辞めることも考えた」と本人が述べたためです。

2024年1月、橋本氏は安倍派から受け取った2,057万円が自身の政治資金収支報告書に記載されていなかったことを明らかにし、訂正する意向を示しました。

「1度は国会議員をやめるべきだということも心に決めたこともありました」

出典:テレビ朝日「参院政倫審 橋本聖子氏が出席」

橋本氏は同時に、選挙で選ばれた議員として責任を果たすとして職務を続ける考えを示しました。自民党は2024年4月、この問題に関係した議員を処分し、橋本氏は党の役職停止1年間となりました。

刑事手続きでは、東京地検特捜部が2024年8月、政治資金規正法違反の疑いなどで告発されていた橋本氏について不起訴としました。不起訴と、政治的・道義的な責任の議論は別のものです。

参議院政治倫理審査会は2025年、この問題をめぐり橋本氏を含む議員について政治的・道義的責任があるとの審査対象としました。その後、橋本氏は同年の参議院選挙に出馬し、6期目の当選を果たしています。

「橋本聖子 歌手・女優・モデル」は同姓同名の別人

政治家の橋本聖子氏と、歌手・モデルとして活動する「橋本聖子」さんは別人です。

同姓同名に注意

政治家の橋本聖子氏は1964年北海道生まれの参議院議員です。一方、芸能活動をしている橋本聖子さんは1992年生まれとして芸能プロフィールが掲載されており、別人です。

SNSを探す際も同姓同名のアカウントが存在するため注意が必要です。政治家の橋本氏については、2013年の参院選時に@hashimoto_seikoが候補者の認証済みTwitterアカウントとして公表されていましたが、同姓同名の歌手側アカウントとは異なります。

2027年はBMXでワールドマスターズゲームズ出場を目指す

競技者としての橋本氏には、2026年になって新たな動きも出ています。

2026年5月、橋本氏は2027年に関西で開かれるワールドマスターズゲームズへの出場を目指すことを明らかにしました。選んだ競技は自転車のBMXレーシングです。

実現すれば、国際大会への本格的な競技出場は長い空白を経てのものになります。かつて五輪ではトラック自転車競技に出場していましたが、BMXは橋本氏にとって新しい挑戦です。

「やるからにはアスリートなので全力を尽くしたい」

出典:日刊スポーツ「橋本聖子氏がBMXで世界マスターズ出場へ」

参議院議員として6期目に入り、JOC会長、日本スケート連盟会長としてスポーツ行政にも携わりながら、自身も再び競技大会への出場を準備するというのが、2026年10月時点の橋本聖子氏の活動状況です。

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