石破茂の現在は?辞任理由・娘と妻・選挙区・やったことを徹底解説

石破茂

第102・103代内閣総理大臣を務めた石破茂(いしば・しげる)氏。2025年に首相を退任した後も、鳥取1区選出の衆議院議員として政治活動を続けています。

石破氏は防衛・安全保障に詳しい政治家として長く知られてきましたが、地方創生や防災、農政にも深く関わってきました。首相時代には「地方創生2.0」や防災体制の強化、日米関税交渉などにも取り組んでいます。

一方、妻の佳子さんや2人の娘、首相辞任の理由、2026年の衆院選、「中道改革連合へ移るのでは?」という観測、おにぎりや魔人ブウのコスプレといった意外な話題まで、政治以外の部分でも関心を集めてきた人物です。

石破茂氏を簡単に見ると
  • 第102・103代内閣総理大臣
  • 2026年9月現在は自民党所属の衆議院議員
  • 選挙区は鳥取県第1区、2026年衆院選で14回目の当選
  • 防衛相、農林水産相、地方創生担当相、自民党幹事長などを歴任
  • 妻は大学の同級生だった石破佳子さん、子供は娘2人
  • 地方創生、防災、安全保障を長年の主要テーマとしてきた
目次

石破茂の現在は?首相退任後も自民党の衆議院議員

2026年9月3日現在、石破茂氏は内閣総理大臣ではありません。現在は自由民主党所属の衆議院議員で、鳥取県第1区から選出されています。

自由民主党の現職議員プロフィールでは、鳥取県第1区、当選14回と掲載されています。1957年2月4日生まれなので、2026年9月時点では69歳です。

名前石破茂(いしば しげる)
生年月日1957年2月4日
年齢69歳(2026年9月3日時点)
出身鳥取県
所属政党自由民主党
議員衆議院議員
選挙区鳥取県第1区
当選回数14回
初当選1986年
学歴慶應義塾大学法学部法律学科卒業
前職三井銀行(現・三井住友銀行)
主な歴任内閣総理大臣、自民党総裁、幹事長、防衛相、農林水産相、地方創生担当相など
妻石破佳子さん

「中道」に移ったわけではない

2026年には、中道改革連合側から石破氏との連携を期待する声が出たことで、去就にも関心が集まりました。公明党の斉藤鉄夫氏から新党の理念について説明を受けたことも報じられています。

石破氏自身は新党へ合流する考えを否定しており、2026年9月現在も所属は自由民主党です。過去には自民党を離党した時期がありますが、今回の「中道」をめぐる話とは別のものです。

首相退任後も海外との交流を続けています。2026年4月には韓国を訪れ、現地の若者との交流もXで紹介しました。

 

石破茂の妻は佳子さん!娘は2人いる

石破茂氏の家族で特に知られているのが、妻の石破佳子(いしば・よしこ)さんです。

佳子さんも慶應義塾大学法学部法律学科の出身で、石破氏とは大学の同級生でした。大学卒業後は丸紅へ入社し、1983年に石破氏と結婚しています。2026年に慶應義塾が掲載した石破夫妻との新春対談でも、この経歴が紹介されています。

「こんなきれいな女性が世の中にいたんだと。まあ一目惚れです。」

出典:婦人公論.jp・石破茂氏インタビュー

大学卒業時には石破氏から一度プロポーズしたものの、その場では結婚に至らず、その後に再び縁がつながって結婚しました。首相在任中には佳子さんも外国訪問に同行し、ファーストレディとして外交行事に参加しています。

娘は2人!顔写真や現在の職業は公表されている?

石破夫妻には2人の娘がいます。石破氏は2020年のインタビューで、当時の家族について次のように話しています。

「長女が32歳、次女が29歳、どちらも会社勤めの社会人です。」

出典:婦人公論.jp・石破茂氏インタビュー

このインタビューでは、当時は娘2人と都内で同居し、娘たちから政治やテレビ出演について率直な意見を言われることも明かしていました。

学歴については、石破氏自身が慶應塾生新聞のインタビューで「うちの娘は早稲田」と語っているため、少なくとも娘の一人が早稲田大学へ進学したことは本人発言から分かります。

娘2人について公表されている範囲
  • 子供は娘2人
  • 2020年時点で長女32歳、次女29歳
  • 2020年時点では2人とも会社員
  • 少なくとも娘の一人は早稲田大学出身
  • 現在の顔写真や結婚相手について、本人が広く公表している情報はない

ネット上では「長女は東京電力」「次女は薬剤師」「製薬会社勤務」などさまざまな情報が流れています。ただ、娘2人は政治家ではない一般人であり、2026年時点の勤務先や次女が薬剤師であることを、本人・公式プロフィールなどから確定できる情報は限られています。

2020年当時に同居していたことだけを根拠に、2026年現在も未婚だと判断することもできません。顔写真や結婚相手についても、ネット上の画像・推測と公表情報は分けて見たほうがよいでしょう。

父・石破二朗も政治家だった

石破茂氏の父は石破二朗(いしば・じろう)氏です。二朗氏は1958年から1974年まで鳥取県知事を4期務め、その後は参議院議員となりました。

鈴木善幸内閣の閣僚名簿には、自治大臣・国家公安委員会委員長として石破二朗氏の名前があります。父も地方行政と国政の双方を経験した政治家でした。

石破家をシンプルに整理

父:石破二朗氏(元鳥取県知事・参議院議員・自治大臣)
 ↓
石破茂氏
 ├ 妻:石破佳子さん
 ├ 長女
 └ 次女

 

石破茂はなぜ辞任した?2025年に首相を退任

石破氏は2024年10月1日に第102代内閣総理大臣へ就任し、同年の衆院選後に第103代首相として第2次石破内閣を発足させました。

しかし、2024年の衆院選で与党が過半数を割り、2025年の参院選でも与党が過半数を維持できなかったことで、党内から責任を問う声が強まります。

2025年9月7日、石破氏は自民党総裁を辞任する意向を正式に表明しました。

「地位に恋々とするものではない」

出典:首相官邸・2025年9月7日記者会見

辞任会見では、選挙結果に対する責任は総裁である自分にあるとした一方、すぐ辞めずに政権を続けていた理由にも触れています。

当時はトランプ米政権との関税交渉が続いており、石破氏はこの交渉に道筋を付けることを政権の責任と位置付けていました。日米間の投資に関する了解覚書の署名などを受けて「一つの区切り」がついたと判断し、辞任を決断したと説明しています。

石破氏が辞任を決めた主な流れ
  1. 2024年衆院選で与党が過半数割れ
  2. 少数与党として政権を運営
  3. 2025年参院選でも与党が過半数を割る
  4. 党内で総裁交代を求める動きが拡大
  5. 日米関税交渉に一区切り
  6. 2025年9月7日に自民党総裁辞任を表明
  7. 2025年10月21日に石破内閣が総辞職

本人のXでも同日、総裁の職を辞することを発表しました。

首相官邸の歴代内閣資料によると、第102代と第103代を合わせた首相在職日数は386日です。2025年10月21日の内閣総辞職をもって首相を退任しました。

石破茂の選挙区は鳥取1区!2026年衆院選で14選

石破茂氏の現在の選挙区は鳥取県第1区です。鳥取市、倉吉市、岩美郡、八頭郡、東伯郡三朝町などが含まれます。

2026年2月8日に行われた第51回衆議院議員総選挙では、石破氏が66,146票を獲得して当選。これで14回目の当選となりました。

候補者党派得票数
石破しげる自由民主党66,146票
やがわひろみ国民民主党13,364票
豊てつや参政党11,734票
塚田なるゆき日本共産党6,768票
出典:鳥取県選挙管理委員会

詳しい開票結果は鳥取県選挙管理委員会の第51回衆議院選挙結果で公開されています。

選挙期間中には、支持者と握手する様子を「#しげると握手」としてXにも投稿していました。

石破茂の学歴と若い頃は?銀行員から29歳で初当選

石破氏は鳥取大学教育学部附属小学校・中学校から慶應義塾高等学校へ進み、1979年に慶應義塾大学法学部法律学科を卒業しました。

高校時代は文系科目が得意だった一方、数学や理科にはかなり苦労したそうです。2026年の慶應義塾との対談では、当時を振り返ってこんな話もしています。

「数学は地球の言葉とは思えないからほぼ0点(笑)。」

出典:慶應義塾「三田評論」新春対談

大学卒業後は三井銀行に入行しました。銀行員生活を経て政界へ進み、1986年の衆院選に鳥取全県区から出馬。29歳で初当選しています。

一度は自民党を離党している

石破氏には自民党を離れていた時期もあります。1993年に自民党を離党し、その後は新生党、新進党などで活動。1997年に自民党へ復党しました。

2026年に中道改革連合への合流観測が出た際にも、この過去の離党歴が改めて話題になりました。ただ、現在は自民党所属を続けています。

防衛・農政・地方創生へ活動分野を広げた

時期主な経歴
1979年慶應義塾大学卒業、三井銀行入行
1986年衆議院議員に初当選
2002年防衛庁長官
2007年防衛大臣
2008年農林水産大臣
2009年自民党政務調査会長
2012年自民党幹事長
2014年地方創生担当大臣
2024年自民党総裁、第102代内閣総理大臣
2024年11月第103代内閣総理大臣
2025年10月内閣総理大臣を退任
2026年2月衆院選で14回目の当選

石破茂は何をした?首相・政治家としての主な実績

石破氏の「やったこと」を見る場合、本人が掲げた政策と、実際に政府として実施・決定した施策を分ける必要があります。

首相在任中に特に力を入れたのは、地方創生、防災、賃金・物価対策、安全保障、日米関係などでした。

地方創生2.0の基本構想をまとめた

地方創生は、首相になる以前から石破氏を象徴する政策テーマの一つです。石破内閣では「地方創生2.0」を掲げ、2025年6月に今後10年間を見据えた基本構想をまとめました。

「『楽しい日本』を実現するための政策の核心は、『地方創生2.0』です。」

出典:首相官邸・第217回国会施政方針演説

内容は単純な地方移住の促進だけではありません。人口減少を前提に、企業・大学・政府機関の地方分散、AIや自動運転、ドローンなどの活用、関係人口の拡大、広域リージョン連携などを組み合わせる構想でした。

防災担当の人員と予算を倍増

能登半島地震・豪雨への対応を踏まえ、石破内閣は内閣府防災担当の体制を拡充しました。2025年度には人員を約110人から220人へ、予算を約73億円から146億円へ倍増させています。

さらに、専任大臣と専門人材を持つ「防災庁」設置へ向けた準備を進めました。防災庁そのものが石破内閣の在任中に発足したわけではなく、次の政権へ設置方針が引き継がれています。

「災害対応も世界一でなければならない。」

出典:首相官邸・石破総理記者会見

首相在任中には、防災・減災に関する民間・宗教界との意見交換も行っています。

103万円の壁や物価高対策にも対応

石破内閣の総辞職談話では、低所得者向け給付金、重点支援地方交付金、エネルギー価格対策、いわゆる「103万円の壁」の引き上げなどが政権期間中の取り組みとして挙げられています。

これらは野党との協議や国会審議を経て進められたもので、石破氏個人だけの成果というより、少数与党となった石破政権が他党との協議を重ねながら成立させた政策と見ると経緯が分かりやすくなります。

トランプ政権との関税交渉

2025年には、トランプ米政権が打ち出した追加関税への対応が大きな外交・経済課題になりました。

「国益をかけた戦いです。なめられてたまるか。」

出典:TBS NEWS DIG・2025年7月10日

この発言は参院選中の街頭演説で飛び出したもので、かなり強い表現だったことから大きく報じられました。石破氏は翌日、米国への依存を減らして自立する努力も必要だという趣旨だと説明しています。

同年9月に日米関税交渉が一区切りしたことは、前述した首相辞任の判断にもつながりました。

2025年2月の日米首脳会談後には、トランプ大統領から贈られた写真入りメッセージも自身のXで公開しています。

石破茂の政策・政治思想は?地方創生と安全保障が大きな柱

石破氏を単純に「保守」「リベラル」といった一語だけで説明すると、実際の政策とのズレが生じます。長年の主張を見ると、安全保障では防衛力や抑止力を重視し、国内政策では地方分散や防災、人口減少への対応を強く訴えてきた政治家です。

石破氏が長く扱ってきた主な政策分野
  • 地方創生:東京一極集中の是正、地方への企業・人材分散
  • 防災:防災庁構想、避難環境改善、国土強靱化
  • 安全保障:自衛隊、防衛力、日米同盟、アジアの安全保障体制
  • 農政・食料安全保障:農業の持続性と安定的な食料供給
  • 人口減少:人口が減っても機能する地域・経済システムへの転換

「アジア版NATO」は石破氏の代表的な安全保障論

石破氏は総裁選で「アジア版NATO」や日米地位協定の見直しなどを提起しました。

ただ、首相就任後にそのまま政府方針として実現したわけではありません。2024年10月の記者会見でも、自民党内で議論し、合意を得る必要があると説明しています。

中国との関係は「親中」だけでは整理できない

石破氏については、中国との関係から「親中なのか」と語られることがあります。

首相時代には中国側との対話を重ね、日中間で協力できる分野を広げる姿勢を見せました。同時に、中国をめぐる安全保障上の懸念については日本側の立場を明確に伝えるとしており、アジアの集団安全保障や抑止力強化も主張しています。

2024年10月のASEAN関連首脳会議後には、中国の李強首相との会談について、懸念事項では日本の立場を伝えつつ「協力していくべき分野」も多いと説明しました。対話を続けながら安全保障上の警戒も維持するという外交姿勢です。

戦後80年所感では「なぜ戦争を止められなかったのか」を問いかけた

首相退任直前の2025年10月10日には、「戦後80年に寄せて」と題する所感を発表しました。

中心に置かれたのは、新たな謝罪表現を付け加えることではなく、なぜ当時の政治や議会、メディアなどが戦争を止めることができなかったのかという検証です。

所感発表時の記者会見では、歴代内閣の歴史認識を引き継ぐとしたうえで、近現代史を学び続ける必要性を強調しました。

石破茂への評価と批判は何だった?

石破氏には、防衛や農政など特定分野を長く追い続け、政策を細部まで語る政治家という評価があります。地方創生や防災も、首相になる以前から繰り返し取り組んできたテーマです。

首相時代は衆参両院で与党が安定多数を持たない厳しい状況になり、野党との協議を前提に国会を運営しました。石破氏自身はこれを「熟議の国会」と表現していました。

政権への大きな批判材料となったのは、衆院選と参院選で続けて与党が議席を減らしたことです。自民党内では総裁交代を要求する動きが強まり、最終的に辞任へつながりました。

政治資金問題をめぐる不信を十分に解消できなかったことについても、石破氏自身が退任時に「最大の心残り」と語っています。

首相退任後は高市政権へ異論を述べる場面も

前首相となってからも、党内で政策について発言しています。

直近では2026年8月、高市政権が示した飲食料品の消費税率引き下げ方針をめぐり、社会保障の安定財源との関係や、党内議論の進め方に疑問を示しました。

首相を退任した後も、党内で政策への意見を発信する立場にあります。

石破茂の人物像|身長、おにぎり、魔人ブウ、鉄道好きまで

政策を細かく語るイメージが強い一方で、石破氏は鉄道、料理、漫画・アニメ関連のイベントなどを通して、政治とは少し違う形でも度々話題になっています。

身長・体重は公式プロフィールに記載されていない

石破氏の身長についてはネット上に複数の数値が掲載されていますが、自民党や首相官邸などの公式プロフィールには身長・体重の記載がありません。

そのため、特定の数値を公式な身長として断定するのは避けたほうがよいでしょう。

「おにぎり」が話題になった理由

2024年の自民党総裁選中、農家を訪問した石破氏が振る舞われたおにぎりを一口で大きく頬張る映像が広まり、その食べ方がSNSで話題になりました。

2025年末にこの件を聞かれた石破氏は、次の会場への移動時間を考えながら食べていたため、一口で食べることも必要だったという趣旨の説明をしています。

単なる食事ネタだけでなく、首相在任中には米について「日本で100%自給できている」として、おにぎりを海外へ広げ、日本の農業につなげたいという話もしていました。

魔人ブウのコスプレはなぜ?

2018年には鳥取県倉吉市の「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」のオープニングで、漫画『ドラゴンボール』の魔人ブウに扮して登場しました。

本人によれば、もともと『ドラゴンボール』や魔人ブウに詳しかったわけではなく、会場に残っていた衣装の中でサイズが合ったのが魔人ブウだったという理由でした。

かなりの鉄道好きとしても知られる

石破氏は鉄道ファンとしても有名です。政治家になってからも鉄道について語る機会が多く、2026年の衆院選期間中には鳥取市のわらべ館で開かれた鉄道イベントを訪問しました。

料理も趣味の一つで、「石破カレー」と呼ぶオリジナルカレーを作ることも本人がインタビューで明かしています。Xのプロフィールでもカレーやラーメンを前面に出すなど、食への関心はかなり強いようです。

2026年の衆院選で14回目の当選を果たした現在も、石破氏は自民党の衆議院議員として活動しています。総理・総裁という立場を離れたことで、高市政権の政策へ異論を述べたり、海外の政治家・外交関係者と意見交換したりと、前首相として独自に発信する場面も増えています。

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