原口一博の現在は?2026年衆院選で落選・立憲離党の理由、選挙区や病気・妻まで

原口一博

原口一博氏は、佐賀県議から国政へ進み、民主党政権では総務大臣を務めた政治家です。長く佐賀1区を地盤として衆議院議員を務めてきましたが、2026年1月に立憲民主党を離党し、2月の衆議院選挙では落選。比例復活もありませんでした。

現在は国会議員ではないものの、ゆうこく連合政治協会や原口一博政経塾を通じて政治活動を続けています。2025年の大けがをめぐる「襲われたのではないか」という話、骨形成不全症や悪性リンパ腫の闘病、ワクチンをめぐる発言、亡くなった妻・直子さんとの家族関係など、政治経歴以外にも注目される話題の多い人物です。

原口一博氏の現在を先に整理
  • 2026年9月時点では前衆議院議員
  • 2026年1月に立憲民主党へ離党届を提出
  • 河村たかし氏らと「減税日本・ゆうこく連合」を結成
  • 2026年衆院選の佐賀1区で岩田和親氏に1,192票差で敗北
  • 比例九州ブロックでも復活当選せず、10期務めた議席を失った
  • 選挙後は「ゆうこく連合政治協会」の組織づくりや政経塾などの活動を継続
目次

原口一博のプロフィール|現在は前衆議院議員

名前原口 一博(はらぐち かずひろ)
生年月日1959年7月2日
年齢67歳(2026年9月時点)
出身地佐賀県佐賀市
高校佐賀県立佐賀西高等学校
大学東京大学文学部心理学科
政治家になる前松下政経塾第4期生
地方議員歴佐賀県議会議員2期
衆議院議員歴10期
主な選挙区佐賀1区
主な役職総務大臣、地域主権推進担当大臣、衆議院総務委員長、衆議院決算行政監視委員長など
現在前衆議院議員。ゆうこく連合政治協会などで活動
公式サイト原口一博公式サイト
公式X@kharaguchi
YouTube原口一博公式YouTube

学歴・国政入りまでの経歴は本人公式プロフィールでも公開されています。一方、同プロフィールには現在も立憲民主党所属や衆議院での旧役職が残っており、2026年2月の落選後の状況までは反映されていません。

松下政経塾のプロフィールでは、2026年2月時点で「(前)衆議院議員」と記載されています。

 

原口一博は現在どうしている?2026年衆院選で議席を失う

原口氏の立場が大きく変わったのが、2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙です。

佐賀1区では自民党の岩田和親氏、参政党の重松貴美氏と争い、原口氏は83,028票を獲得しました。岩田氏は84,220票で、差はわずか1,192票でした。

候補者所属得票数結果
岩田和親自由民主党84,220票当選
原口一博減税日本・ゆうこく連合83,028票落選
重松貴美参政党17,229票落選
出典:サガテレビ・衆院選2026開票結果

原口氏は比例九州ブロックにも重複立候補していましたが、比例復活もありませんでした。1996年の衆院初当選から続いてきた国会議員としての活動はいったん途切れています。

ただ、本人は落選翌日に引退を否定しています。

「負けて終わるなんて僕の辞書にない」

出典:サガテレビ・2026年2月9日

同じ取材では、佐賀1区を取り返さずに引退する考えはないとも述べています。選挙後は候補者育成や組織づくりを掲げた「ゆうこく連合強化プロジェクト」を打ち出しました。

さらにゆうこく連合公式サイトでは、2026年4月に「原口一博政経塾」を開講。同年5月29日には石田和靖氏との共著『光の射す方へ』も刊行しており、国会の外で発信・組織活動を続けています。

 

原口一博が「襲われた」は本当?2025年の大けがの経緯

2025年6月、原口氏は顔の周囲を黒く腫らし、肋骨を複数本骨折して入院しました。写真の状態が重かったことや、最初の投稿で「突然、強い衝撃」「ベッドから投げ出されていた」と表現したことから、第三者に襲われたのではないかという話が広がりました。

本人が説明した事実は「自宅でベッドから落ちた」であり、暴行は明確に否定しています。

原口氏は最初のX投稿で肋骨7本の骨折と説明しました。その後、退院時のYouTubeでは8本と話しており、報告時点によって本数に違いがあります。

日刊スポーツの退院時の報道では、原口氏自身が「ベッドから落ちたのは事実」と説明し、「暴行も受けていません」と否定したことも紹介されています。

「襲われた」「京都で襲われた」という情報について

2025年6月の大けがを「暴漢に襲われた事件」とする根拠はありません。原口氏本人が暴行を否定しており、この件は佐賀の自宅で起きた転倒として報じられています。

「京都で襲われた」という情報と、この骨折事故を結び付ける一次情報も示されていません。

原口一博はなぜ立憲民主党を離党した?ゆうこく連合と新党結成

原口氏は長く立憲民主党に所属していましたが、2026年1月20日に離党届を提出しました。直接のきっかけとなったのは、立憲民主党と公明党による新たな政治勢力「中道改革連合」の結成です。

離党に先立つ1月15日、原口氏は立憲民主党執行部に対し、新党設立などを執行部へ一任する手続きに反対する文書をXで公開していました。

サガテレビによると、原口氏は中道改革連合の結成に向けた党内手続きなどに納得できないとして離党届を出しました。

「ゆうこく連合をきょうここに政党化を目指してスタートすることを決意しました」

出典:サガテレビ・原口一博氏の離党会見

河村たかし氏らと「減税日本・ゆうこく連合」を結成

離党から4日後の1月24日、原口氏は河村たかし氏とともに「減税日本・ゆうこく連合」の結成を発表しました。

  • 原口一博氏
  • 河村たかし氏
  • 鈴木敦氏
  • 平岩征樹氏
  • 竹上裕子氏

この5人で国会議員5人という政党要件を満たす形でスタートし、原口氏と河村氏が共同代表に就任しました。結党時の経緯は共同通信の報道でも確認できます。

ただし、結成直後から原口氏と河村氏の間には政策の違いもありました。原口氏は「消費税は廃止一択」と主張したのに対し、河村氏は5%への減税を主張。結果として、2026年衆院選では党として統一した公約の発表を見送りました。

選挙では河村氏が愛知1区で当選したものの、党全体では1議席にとどまり、全国得票率も2%未満でした。選挙後、「減税日本・ゆうこく連合」は公職選挙法・政治資金規正法・政党助成法上の政党要件を失っています。

現在の原口氏の活動を見る場合は、選挙時の政党名だけでなく、ゆうこく連合政治協会としての活動もあわせて見る必要があります。

百田尚樹氏とは2026年1月に対談

原口氏は新党結成直前の2026年1月19日、作家で日本保守党代表の百田尚樹氏のYouTube番組に出演しています。番組では政治だけでなく、亡くなった妻や自身の闘病についても語りました。

対談動画は百田尚樹チャンネル「ゲスト:原口一博」で公開されています。

その数日後、原口氏が新党を組んだ相手が、日本保守党を離れた河村たかし氏だったことも両者の名前が同時に語られる背景となりました。原口氏が日本保守党へ入党した事実はありません。

参政党との関係は?原口氏本人が入党したわけではない

参政党との接点もありますが、原口氏自身が参政党へ入党した事実はありません。

2026年の新党結成時には、参政党を離れる意向を示した鈴木敦氏が「減税日本・ゆうこく連合」に加わり、その離党手続きをめぐって参政党執行部との対立が表面化しました。また同年の佐賀1区では、原口氏と参政党の重松貴美氏が別々の候補として争っています。

原口一博の選挙区は佐賀1区|比例復活したのはいつ?

原口氏の国政での地盤は佐賀1区です。佐賀市を中心に、鳥栖市、神埼市、吉野ヶ里町、基山町、上峰町、みやき町などから構成されます。

1996年の初当選以降、小選挙区で勝った選挙だけでなく、敗れて比例九州ブロックで復活した選挙もあります。

衆院選佐賀1区での結果国会議員としての結果
1996年当選初当選
2000年次点比例復活
2003年当選3期目
2005年次点比例復活
2009年当選5期目
2012年次点比例復活
2014年当選7期目
2017年当選8期目
2021年当選9期目
2024年当選10期目
2026年次点比例復活なし・落選

原口氏が比例復活したのは2000年、2005年、2012年の3回です。2026年は佐賀1区で惜敗したものの、過去の3回とは異なり比例で議席を確保できませんでした。

長期間にわたって佐賀1区で自民党候補と競り合ってきたことが、原口氏の政治経歴の大きな特徴です。

原口一博の病気|骨形成不全症と悪性リンパ腫を公表

原口氏は大きな病気を複数公表しながら政治活動を続けてきました。

原口一博氏が公表してきた主な病気
  • 骨形成不全症:骨が折れやすくなる遺伝性の指定難病
  • 悪性リンパ腫:2023年1月末に判明し、治療を受けた
  • 2025年には自宅での転倒により肋骨を複数骨折し入院

2016年に骨形成不全症を公表

2016年、自宅で転倒して右腕や右足を骨折した後、原口氏は遺伝性の骨の難病を公表しました。本人はその後、病名を骨形成不全症と明らかにしています。

「難病の国会議員には国を引っ張ることはできないのでしょうか。私はそうは思いたくない」

出典:日刊スポーツ・原口一博氏の難病公表

骨形成不全症は骨がもろくなり骨折しやすくなる病気で、原口氏は母親から自身やきょうだいへ遺伝したとも説明しています。2025年の転倒で大きな骨折に至った際にも、過去にこの病気を公表していたことが改めて注目されました。

2023年には悪性リンパ腫の治療を公表

2023年には、さらにびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の治療を受けていたことを公表しました。

原口氏は2023年6月12日の衆議院決算行政監視委員会で、1月に悪性リンパ腫が分かり、治療を続けた結果「がんが消えた」と報告しています。抗がん剤治療に伴って髪が抜け、その後生え始めていることも自ら国会で説明しました。

当時の発言は国会会議録や日刊スポーツの報道で確認できます。外見や髪型が大きく変わった時期があるのは、この闘病と治療の影響が背景にあります。

原口一博の経歴|佐賀県議から総務大臣まで何をしてきた?

原口氏は1959年に佐賀市で生まれました。佐賀西高校では生徒会長を務め、東京大学文学部心理学科を卒業。1983年に松下政経塾の第4期生として入塾し、松下幸之助氏から直接学んだ世代です。

国政から政治家人生が始まったわけではありません。1987年、27歳で佐賀県議会議員に初当選し、2期務めました。1993年の衆院選では落選したものの、1996年の小選挙区制導入後の総選挙で佐賀1区から初当選しています。

時期主な経歴
1983年東京大学文学部心理学科卒業、松下政経塾へ
1987年佐賀県議会議員に27歳で初当選
1996年佐賀1区から衆議院議員に初当選
2009年鳩山由紀夫内閣で総務大臣・地域主権推進担当大臣
2010年衆議院総務委員長
2014年民主党副代表
2021年衆議院決算行政監視委員長
2024年衆院選で10回目の当選
2026年立憲民主党離党、新党結成後の衆院選で落選

総務大臣として地域主権改革を担当

原口氏の閣僚経験で中心となったのは、2009年9月に鳩山由紀夫内閣で就任した総務大臣兼地域主権推進担当大臣です。菅直人内閣でも続投しました。

首相官邸の鳩山内閣閣僚名簿、菅内閣閣僚名簿にも総務大臣・地域主権推進担当として掲載されています。

「地域のことは地域に住む住民が、みずからの地域をつくることができる」

出典:第174回国会・参議院本会議

地方へ単に仕事を移すのではなく、住民や自治体が権限と責任を持つ形へ変える「地域主権」を打ち出したことが、総務大臣時代の代表的なテーマでした。

ICT政策では「原口ビジョン」を策定

総務行政では情報通信政策にも取り組み、2009年12月に新たな成長戦略として「原口ビジョン」を発表しました。

2010年2月の衆議院総務委員会で原口氏は、「緑の分権改革推進プラン」と「ICT維新ビジョン」を二本柱として進める方針を説明しています。ブロードバンド環境、クラウド、ICTを使った教育や地域活性化などを成長政策に組み込んだ構想でした。

原口氏自身も2010年に『ICT原口ビジョン』を出版しています。

原口一博の妻・子供は?妻の死因や再婚について

原口氏の妻は原口直子さんです。本人の公式サイトによると、直子さんは佐賀西高校の出身で、原口氏が県議・国会議員として活動する間も家庭から支えていました。

直子さんは2013年7月に突然病気で倒れ、翌8月5日に53歳で亡くなりました。

「私たちがともに過ごした愛と感謝の時間までをも消し去ることはできません」

出典:原口一博公式サイト「妻直子と感謝の言葉」

妻・直子さんの死因は公表されている?

本人の文章には、直子さんが突然病気で倒れ、自力での呼吸や意識の回復が難しい状態となったことが記されています。

具体的な病名や死因については、原口氏の公表資料では明らかにされていません。ネット上には特定の病名を死因とする記述もありますが、本人の公式発信だけからその病名を断定することはできません。

子供は二女一男

本人公式プロフィールの家族欄には、「二女一男」と記載されています。

直子さんが倒れた当時、本人は「一番下の子どもは14歳」と記しており、家族が母親の闘病に寄り添った様子も残しています。

再婚相手はいる?

2026年9月時点で、原口氏が再婚したことや現在の再婚相手を示す公式発表・信頼できる報道は確認されていません。

家族についてはプライベートな情報も多く、子供の現在の職業や家系図など、出典が明確でない情報を事実として扱うのは避ける必要があります。

原口氏は2016年、建築の仕事をしていた父・原口端夫さんについてもXに投稿しています。政治とは離れた家族への思いが伝わる発信です。

原口一博は「変わった」?ワクチン発言や「陰謀論」との評価を整理

近年の原口氏は、ワクチン、国際情勢、既存政党や官僚機構への批判などをXやYouTubeで頻繁に発信するようになりました。以前の総務大臣時代の印象との違いから、「変わった」と受け止められることもあります。

大きな転機の一つが、自身の悪性リンパ腫の闘病です。原口氏は新型コロナワクチン接種後に体調が悪化したとして、自身の病気と接種との関係を強く疑い、その後はワクチン政策を厳しく批判する立場を取るようになりました。

ここは本人の主張と医学的な因果関係を分ける必要があります。接種後に病気になったという時間的な前後関係だけで、個人の悪性リンパ腫がワクチンによって引き起こされたと確定するわけではありません。

厚生労働省のワクチン安全性情報では、接種後に報告された症状について、ワクチンとの関係があるものだけでなく偶発的なものや別の原因によるものも含めて収集し、専門家が評価する仕組みが説明されています。

原口氏自身はXでワクチン政策について継続的に発信しています。

Meiji Seikaファルマから名誉毀損で提訴

ワクチンをめぐる発言は、政治的な賛否だけでなく裁判にも発展しました。

Meiji Seikaファルマは2024年12月25日、同社の次世代mRNAワクチンをめぐる原口氏のSNS・動画・書籍などでの発言が名誉毀損に当たるとして、1,000万円の損害賠償を求め東京地裁へ提訴しました。

原口氏側は、発言はワクチン行政や薬事行政に関する政治的論評であり、表現の自由として保護されるものだとして争っています。

ワクチン訴訟の現在

裁判は2026年2月9日に結審しました。2026年7月30日に予定されていた判決は延期され、2026年10月29日午後1時10分に東京地裁で判決が言い渡される予定です。

出典:ウェルネスデイリーニュース・東京地裁への確認記事

記事作成時点ではまだ判決前であり、原口氏の発言が名誉毀損に当たるとの司法判断が確定したわけではありません。

旧統一教会との関係は?

旧統一教会をめぐっては、原口氏自身が2024年に、創始者・文鮮明氏の日本への上陸特別許可について政府へ質問主意書を提出しています。

衆議院に掲載された政府答弁書にも、原口氏提出の質問であることが明記されています。

本人は2024年9月の公式YouTubeでも、旧統一教会から支援されたことはないと主張しています。少なくとも、公的資料で明確に確認できる原口氏と旧統一教会をめぐる活動の一つは、教団側の支援者としてではなく、政府に質問を提出した国会議員としてのものです。

原口一博の政策・政治姿勢|現在も「日本独立」「地域主権」を掲げる

原口氏は所属政党を何度も変えてきましたが、長く続いているテーマの一つが中央集権への批判と地域主権です。

総務大臣時代に掲げた地域主権改革は、2026年に開講した原口一博政経塾でも再び前面に出ています。ゆうこく連合公式サイトでは、「中央集権の打破」と「地域主権改革」を掲げ、地域から国を変える人材の育成を打ち出しています。

現在の原口氏が強く打ち出しているテーマ
  • 消費税の廃止
  • 積極的な財政政策による国民の可処分所得拡大
  • 中央集権を見直す地域主権改革
  • 国家主権や外交・安全保障を重視する「日本独立」
  • ワクチン行政や医薬品行政の検証
  • 既存の与野党の枠を越えた政治勢力の形成

2026年衆院選では「減税日本・ゆうこく連合」として統一公約をまとめられなかったため、新党全体の公約と原口氏個人の政策は区別して見る必要があります。原口氏本人は選挙中も「消費税は廃止一択」と明言していました。

ゆうこく連合政治協会は現在、「日本独立」「日本再生」「日本救世」を3つの理念として掲げています。

旧民主党政権で総務大臣を務めた時代から、現在のゆうこく連合まで一貫して残っているのは、「中央だけで決めず、地域や国民側へ権限を戻す」という発想です。その上に、近年は消費税廃止、ワクチン政策への批判、国家主権を強調する主張が加わっています。

2026年2月の落選後も政治活動を終えるとは表明しておらず、政経塾の運営、ゆうこく連合の組織づくり、XやYouTubeでの発信を継続しています。現在の原口氏を見る際には、「元総務大臣・元立憲民主党議員」という過去の肩書だけではなく、国政復帰を目指しながら独自の政治勢力づくりを進めている前衆議院議員という現在地まで含めて捉えると、近年の活動がつながります。

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