俳優から反原発運動へ進み、国会議員、政党代表へと活動の場を変えてきた山本太郎氏。2026年には、その政治人生に大きな区切りとなる出来事が続きました。
この記事では、現在の状況と病気、議員辞職・国政引退の理由をはじめ、妻・子ども、若い頃の「メロリンQ」、俳優時代、学歴、選挙結果、政策、実際の政治活動まで、山本太郎氏の人物像をまとめて紹介します。
芸能界で知名度を得た後、2011年の福島第一原発事故を機に社会運動へ踏み込み、2013年に国会議員となった政治家です。2019年にはれいわ新選組を立ち上げ、消費税廃止や積極財政、脱原発などを訴えてきました。2026年には健康問題で参議院議員を辞職し、その後、代表辞任と国政活動からの引退を表明しています。
| 名前 | 山本太郎(やまもと たろう) |
|---|---|
| 生年月日 | 1974年11月24日 |
| 年齢 | 51歳(2026年9月12日時点) |
| 出身地 | 兵庫県宝塚市 |
| 現在 | 前参議院議員・前れいわ新選組代表 |
| 主な議員歴 | 参議院議員、衆議院議員 |
| 初当選 | 2013年参議院議員選挙・東京都選挙区 |
| 政治団体 | 2019年にれいわ新選組を旗揚げ。2026年7月に代表辞任 |
| 前職・経歴 | 俳優・タレント |
| 趣味 | サーフィン |
| 公式サイト | 山本太郎オフィシャルサイト |
| 公式X | @yamamototaro0 |
山本太郎は現在どうしてる?2026年の辞職・引退を整理
2026年9月現在、山本太郎氏は国会議員ではなく、政党代表でもありません。
本人の最新公式プロフィールでも、肩書は「前参議院議員、前れいわ新選組代表、俳優」となっています。
- 1月21日:健康上の問題を理由に参議院議員を辞職
- 7月3日:過去の速度超過による罰金・免許停止処分を党が公表
- 7月9日:れいわ新選組代表を辞任し、国政活動からの引退を表明
- 8月5日:山本ジョージ氏を代表とする新体制が発足
- 8月6日:れいわ新選組が「いのちの党」へ党名変更
参議院議員を辞職した理由は健康問題
山本氏が参議院議員を辞職した直接の理由として本人が公表したのは、健康上の問題です。
2026年1月21日の会見では、議員のまま療養する方法を選ばなかった理由について、自分は仕事を始めれば無理をしてしまう性格だと説明しました。
「これは一旦辞職をする。その上でしっかりと健康を取り戻して、戻ることを目指す」
出典:れいわ新選組・2026年1月21日記者会見
辞職を発表した時点では、政治そのものから退くのではなく、療養した後の復帰を目指していました。
本人の公式Xでも、同日に重要なお知らせとして動画を公開しています。
病気は何?「多発性骨髄腫の一歩手前」と本人が説明
病状について山本氏は、「多発性骨髄腫の一歩手前」という表現で説明しています。
ここで注意したいのは、山本氏自身が「多発性骨髄腫になった」と公表したわけではないことです。会見では、人間ドック後の再検査や骨髄検査を経たことを説明していますが、具体的な病型や正式な診断名までは公表していません。
国立がん研究センター「がん情報サービス」によると、多発性骨髄腫は、抗体をつくる形質細胞ががん化し、主に骨髄で増える血液のがんです。ただし、一般的な病気の説明と山本氏個人の状態は分けて考える必要があります。
1月の時点では特定の治療を始めたという説明ではなく、負荷やストレスを大幅に減らし、定期的な検査で数値を見ていくことを話していました。
「サーフィンが辞職理由」は事実なのか
山本氏の公式プロフィールには、趣味として「サーフィン」が記載されています。
2026年1月の辞職会見では、記者から年明けにスリランカでサーフィンをしていたのではないかという質問も出ました。山本氏は、国会閉会中の私的な旅行について場所や行動を公表する義務はないとして、渡航先やサーフィンの有無について回答していません。
本人が議員辞職の理由として公表したのは健康問題であり、サーフィンを辞職理由とする根拠はありません。サーフィン旅行についても、本人が会見で事実関係を認めたわけではありません。
速度超過で罰金9万円・免許停止90日
健康問題とは別に、2026年7月には山本氏の道路交通法違反が公表されました。
| 違反日時 | 2025年10月9日 |
|---|---|
| 場所 | 東九州自動車道・大分県大分市横尾付近 |
| 制限速度 | 80km/h |
| 記録された速度 | 149km/h |
| 速度超過 | 69km/h |
| 取締方法 | オービス(速度違反自動取締装置) |
| 刑事処分 | 罰金9万円 |
| 行政処分 | 運転免許停止90日 |
れいわ新選組の公表資料によると、党は山本氏を厳重注意としました。山本氏が代表を務める政党も国会で速度超過への罰則強化に賛成していたため、本人は7月9日の会見で「言い逃れできるものではありません」と謝罪しています。
7月に代表辞任、国政活動からの引退を表明
速度違反の公表から6日後の2026年7月9日、山本氏は代表辞任を発表しました。
「私、山本太郎は、れいわ新選組の代表を辞任します。」
出典:れいわ新選組・2026年7月9日記者会見
同じ会見で、国政政党の代表として活動することと、自身が再び国会議員を目指す取り組みから引退するとも表明しています。
ここでの理由は、速度違反だけではありません。議員辞職後に仕事量を減らしても検査数値が思わしくなかったこと、代表としての業務や復帰を目指すこと自体がストレスになっていたことを説明し、健康を100%取り戻すことを最優先するとしました。
れいわ新選組は「いのちの党」へ改称
山本氏の代表辞任後、2026年8月5日に山本ジョージ氏を代表とする新体制が決まりました。
翌8月6日には党名変更が発表され、れいわ新選組は「いのちの党」へ名称を変更しました。2026年9月時点のいのちの党公式サイトでも、山本ジョージ氏が代表として活動しています。
現在の「いのちの党」代表は山本太郎氏ではありません。また、山本氏は新体制について、自分の意思や過去の方針に縛られず運営してほしいという趣旨を7月の会見で述べています。
- 2022年4月の衆院議員辞職:参議院議員選挙へ立候補するため
- 2026年1月の参院議員辞職:健康上の問題のため
- 2026年7月の代表辞任・国政引退表明:健康回復を最優先するため。速度違反についても謝罪
山本太郎の妻は現在?結婚・離婚・子どもを整理
山本太郎氏の家族については、過去に本人が結婚・離婚や子どもの誕生を公表しています。ただし、現在の配偶者については、最近の公式プロフィールなどで公表されていません。
2012年にプロサーファーと結婚、約3か月で離婚
山本氏は2012年5月25日、プロサーファーとして活動していた割鞘朱璃さんと結婚しました。当時は山本氏が反原発活動へ力を入れていた時期でもあります。
シネマトゥデイでは、結婚後に山本氏の母親と同居していたことなども報じられました。
しかし、結婚から約3か月後の2012年8月24日に協議離婚が成立。離婚が公になったのは、山本氏が参議院議員となった後の2013年8月でした。
「原因は僕にある」
出典:デイリースポーツ・2013年8月6日会見
山本氏は、脱原発活動などで各地を飛び回り、家に帰れるのが月1~3回ほどだったことなどを離婚理由として説明しました。
2013年に男児が誕生
2013年7月には、元妻とは別の一般女性との間に第1子となる男児が誕生しています。
ORICON NEWSは当時、山本氏の事務所が男児の誕生を認め、母親とは法律婚ではなく事実婚の状態で、山本氏が子どもを認知していると報じています。
子どもや母親は私人です。現在の生活状況について新たに公表されている情報は限られているため、過去の公表内容を超えて推測することはできません。
現在の妻は?元妻の国籍について公表情報はある?
2026年現在、山本氏に新たな法律上の妻がいると裏付けられる最近の公式発表は見当たりません。2013年当時に報じられた事実婚関係が現在も同じ状態なのかについても、公表情報から断定できません。
また、元妻の国籍についてもインターネット上にはさまざまな記述がありますが、本人発信や主要報道で外国籍だと裏付ける信頼できる資料は確認できません。国籍を根拠なく断定するのは避けるべき情報です。
実家は金持ち?母親との関係
山本氏については実家の経済状況が話題になることもありますが、「実家が大金持ちだった」と断定できる資産資料などは公表されていません。
過去のインタビューや報道では、母親に女手一つで育てられたことが紹介されています。山本氏自身も著書を母親に捧げるなど、母親から受けた影響についてたびたび語ってきました。
- 2012年5月に結婚
- 2012年8月に協議離婚
- 2013年7月、別の一般女性との間に男児が誕生
- 当時、子どもを認知し、母親とは事実婚の状態と説明
- 現在の法律上の配偶者について新たな公表は確認できない
若い頃は「メロリンQ」!俳優・タレント時代の山本太郎
政治家として山本太郎氏を知った世代には意外かもしれませんが、もともとはテレビのバラエティー番組で注目を集め、映画・ドラマで活躍した俳優です。
高校は箕面自由学園、大学には進学した?
山本氏は箕面自由学園高等学校を中退したと複数の人物プロフィールで紹介されています。
VIDEO NEWSの人物プロフィールにも同校中退と記載されています。
本人の公式プロフィールでは、1991年1月、高校1年生のときに『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「ダンス甲子園」へ出場したことから芸能界入りしたとしています。大学進学歴は主要な公式・人物プロフィールに掲載されていません。
「メロリンQ」とは何だった?
若い頃の山本氏を象徴するのが「メロリンQ」です。
ダンス甲子園では、水泳帽や競泳用のような衣装で独特のダンスとポーズを披露。強烈なキャラクターで注目され、「メロリンQ」の呼び名が広まりました。
その後は一発もののタレントにとどまらず俳優へ進み、映画・ドラマで長く活動することになります。
『バトル・ロワイアル』『カイジ』『新選組!』などに出演
| 年 | 主な出演作品・活動 |
|---|---|
| 1991年 | 『代打教師 秋葉、真剣です!』で映画デビュー |
| 1996年 | NHK連続テレビ小説『ふたりっ子』 |
| 2000年 | 映画『バトル・ロワイアル』 |
| 2001年 | 映画『GO』 |
| 2004年 | NHK大河ドラマ『新選組!』 |
| 2009年 | 映画『カイジ 人生逆転ゲーム』 |
| 2010年 | 『仮面ライダー×仮面ライダー オーズ&ダブル feat.スカル MOVIE大戦CORE』 |
| 2012年 | 映画『EDEN』など |
ORICON NEWSの俳優プロフィールにも、『バトル・ロワイアル』『カイジ 人生逆転ゲーム』『仮面ライダー』などへの出演歴が掲載されています。
『世界ウルルン滞在記』では海外ロケにも参加し、俳優以外にも体当たり型のリポーターとして知られました。『難波金融伝 ミナミの帝王』シリーズにも出演しています。
2001年度には『光の雨』『GO』で日本映画批評家大賞助演男優賞、2003年度には『MOON CHILD』『ゲロッパ!』『精霊流し』でブルーリボン賞助演男優賞を受賞しており、俳優としても受賞歴を持っています。
なぜ俳優から政治へ?転機は2011年の原発事故
大きな転機は2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故でした。
山本氏は同年4月から反原発デモなどへ参加し、5月には文部科学省前で福島の子どもたちの被ばく基準をめぐる抗議活動にも参加しています。
「何も行動しなければ、僕は自分を許せない」
出典:シネマトゥデイ・2011年5月27日
同じ2011年5月、13年間所属していた芸能事務所シス・カンパニーを離れました。事務所側も、社会活動へ力を入れる山本氏から「事務所に迷惑をかけたくない」という申し出があったと説明しています。
翌2012年には、反原発活動などによって俳優としての収入が以前の10分の1以下になったと本人が語っています。それでも活動を続け、同年末に初めて国政選挙へ立候補しました。
山本太郎の政治経歴と選挙結果
山本氏の政治経歴は、無所属候補から始まり、国会議員、政党創設者へと変化した点が特徴です。
| 選挙 | 結果・得票 |
|---|---|
| 2012年 衆院選・東京8区 | 71,028票・落選 |
| 2013年 参院選・東京都 | 666,684票・当選 |
| 2019年 参院選・比例 | 個人名992,267票・本人は落選 |
| 2020年 東京都知事選 | 657,277票・落選 |
| 2021年 衆院選・東京比例 | 当選 |
| 2022年 参院選・東京都 | 565,925票・当選 |
2012年の初挑戦は東京8区で落選
初めて国政選挙へ出たのは2012年衆院選です。東京8区から無所属で立候補し、71,028票を獲得しましたが、自民党の石原伸晃氏に敗れました。
得票数は東京都選挙管理委員会の開票結果で確認できます。
2013年に参議院議員へ初当選
翌2013年の参院選では東京都選挙区から立候補。666,684票を得て初当選しました。
東京都選挙管理委員会の開票結果では、この選挙で定数5のうち当選圏に入ったことが分かります。
2019年にれいわ新選組を旗揚げ
2019年4月、自由党と国民民主党の合流には参加せず、山本氏はれいわ新選組を立ち上げました。
同年の参院選では比例代表で山本氏個人が992,267票を集めたものの、党は「特定枠」に舩後靖彦氏と木村英子氏を優先していたため、山本氏本人は落選しました。
比例代表では個人票だけで当落が決まるわけではなく、特定枠の候補が名簿順位で優先される制度があるためです。れいわ新選組は2議席を得て、政党要件も満たしました。
山本氏は2025年の公式Xでも、既存の与野党との距離の取り方について自らの考えを発信しています。
東京都知事選を経て衆院・参院へ
2020年には東京都知事選へ出馬し、657,277票を獲得しましたが、小池百合子氏らに及ばず落選しました。得票数は東京都選挙管理委員会が公表しています。
2021年衆院選では東京比例ブロックで当選。2022年4月には参院選へ挑戦するため衆議院議員を辞職し、同年7月の東京都選挙区で565,925票を得て参議院へ戻りました。
2022年参院選の数字は東京都選挙管理委員会の開票結果にも掲載されています。
山本太郎はどんな政策を掲げてきた?
山本太郎氏の政策を語るうえで中心になるのは、消費税廃止を軸にした積極的な財政支出と、脱原発です。
以下は主に、山本氏が代表を務めていた時期のれいわ新選組基本政策や選挙公約に基づくものです。2026年8月に党名・執行部が変わったため、現在の「いのちの党」の政策とは区別して紹介します。
| 分野 | 山本氏代表時代の主な主張 |
|---|---|
| 消費税 | 消費税廃止。少なくとも5%への減税 |
| 物価高・生活支援 | 現金給付、社会保険料負担の軽減など |
| 賃金 | 全国一律の最低賃金1,500円を目指し、中小企業には国が支援 |
| 教育 | 教育費負担の軽減、奨学金債務への対応 |
| 税制 | 法人税の累進化、所得税・金融所得課税の見直し |
| 原発・エネルギー | 原発の即時禁止、国による買い上げ・廃炉、自然エネルギーへの転換 |
消費税廃止を一貫して主張
山本氏は、長期停滞した日本経済を立て直すには、家計が使えるお金を増やし、国内需要を拡大する必要があると訴えてきました。
「まずは消費税をやめる、失われた30年を40年にしない。」
出典:れいわ新選組・2025年7月10日奈良街宣
2025年12月の国会質問でも、政府の経済対策は規模が足りないとして、消費税減税を行わない姿勢を批判しました。
脱原発は政治活動の原点
原発政策は、政治家になる前から取り組んできたテーマです。
山本氏代表時代の基本政策では、原子力発電所の即時使用禁止、政府による原発の買い上げ、国主体の廃炉、原発立地地域の雇用・産業を支える「公正な移行」などを掲げました。
福島第一原発事故の被災者への賠償・健康管理についても、国と東京電力の責任をより強く求める立場を取っています。
外国人・移民政策についても本人が発信
外国人政策をめぐる議論が大きくなった2025年参院選では、山本氏自身が街頭で受けた質問に答える形で、移民政策について説明する動画を公式Xへ投稿しました。
山本氏の政策を見る場合、「保守」「リベラル」といった一語だけで分類するより、消費税、社会保障、原発、労働、外国人政策など個別の主張を見るほうが実像をつかみやすいでしょう。
山本太郎が政治家として実際にやったこと・実績
政策として「やりたい」と主張したことと、実際の政治活動は分けて見る必要があります。山本氏本人の行動として特に大きかったのは、新党の立ち上げ、当事者候補の擁立、災害現場からの政策提言などです。
れいわ新選組を一から立ち上げた
2019年4月に山本氏が立ち上げたれいわ新選組は、同年7月の参院選で2議席を獲得し、政党要件を満たしました。
既存政党の党首に就任したのではなく、自ら新たな政治団体を立ち上げ、国政政党へ成長させた点は、山本氏の政治経歴で大きな出来事です。
重度障害のある当事者を特定枠で国会へ
2019年参院選では、比例代表の特定枠にALS当事者の舩後靖彦氏と、重度障害当事者の木村英子氏を配置し、2人が当選しました。
2人の当選を受けて参議院では、大型車いす用の議席、演壇へのスロープ、昇降機、バリアフリートイレ、委員会室の傍聴席など、障害のある議員が活動するための環境整備が進みました。
後に参議院事務総長も国会答弁で、2019年の通常選挙以降にこうした整備を行ったことを説明しています。
能登など被災地へ入り、政府への要請につなげた
山本氏は災害時に被災地域へ足を運び、現場で聞き取った内容を政府への要請につなげる活動を続けています。
2024年10月には豪雨災害後の奥能登を訪れ、食料や水、人員などが不足しているとして、政府へ人的・物的支援の拡充を求めました。
10月4日には、石破内閣に対する要請文として、人員増強や物資支援などを党から提出しています。
- 政策・公約:消費税廃止、脱原発、最低賃金引き上げなど
- 実際に行ったこと:新党結成、候補者擁立、国会質問、被災地調査、政府への要請など
牛歩やガンダム衣装も話題に|山本太郎の政治スタイル
山本太郎氏は、街頭演説や国会での行動を含め、既存の政治家とはかなり異なる見せ方をしてきた人物でもあります。その手法は注目を集める一方、ときに大きな論争を起こしました。
2015年の安保法制で「牛歩」
2015年、安全保障関連法案をめぐる参議院本会議では、採決に抵抗するため山本氏が一人で牛歩戦術を行いました。
採決そのものを止められる人数ではありませんでしたが、喪服姿で数珠を持つなど、法案への強い反対意思を視覚的にも示す行動となりました。
2025年には「ガンダム」を連想させる衣装で選挙活動
2025年参院選では、れいわ新選組から立候補した声優・岡本麻弥氏を応援する動画で、山本氏が『機動戦士Zガンダム』のクワトロ・バジーナを強く連想させる衣装を着用しました。
選挙後、ガンダムシリーズを手掛けるバンダイナムコフィルムワークスは、ガンダムのキャラクターを想起させる衣装や動画を使った選挙活動について、同社が認可したものではなく、特定候補を支持するものでもないと公式に表明しました。
会社側の声明は特定の人物名を挙げていませんが、当時の選挙活動では山本氏の動画が大きく取り上げられています。
街頭演説とSNSを政治活動の中心にしてきた
山本氏の選挙活動では、駅前などで長時間の演説を行うだけでなく、聴衆から質問を募ってその場で答える「おしゃべり会」形式を多用してきました。
国会質疑、街頭演説、被災地訪問などを短い動画に編集し、XやYouTubeで直接発信する方法も特徴的です。テレビや新聞だけを通さず、自分の言葉をそのまま支持者へ届ける政治活動を長く続けてきました。
山本太郎という人物を現在までたどると
高校時代のダンス甲子園で「メロリンQ」として注目され、俳優として『バトル・ロワイアル』『GO』『新選組!』『カイジ』などに出演。2011年の原発事故を境に社会運動へ深く関わり、2013年には参議院議員となりました。
2019年にれいわ新選組を立ち上げてからは、消費税廃止、積極財政、脱原発などを前面に掲げ、重度障害のある候補者を国会へ送り出すなど、独自色の強い政治活動を展開しました。
その政治活動は2026年に大きく転換しています。1月に健康問題で参議院議員を辞職し、7月には健康回復を最優先するため、代表辞任と国政活動からの引退を表明しました。
山本氏が立ち上げたれいわ新選組も、新代表の選出後に「いのちの党」へ改称しています。2026年9月現在、山本氏は国会議員でも、同党の代表でもありません。
本人の公式プロフィールは「前参議院議員、前れいわ新選組代表、俳優」としています。7月の引退表明では、再び国会議員を目指す活動にも区切りを付けました。日常の療養状況や今後の仕事については詳細に公表されておらず、本人が明確に示している最優先事項は健康を取り戻すことです。

