有田芳生氏は、ジャーナリストとして活動した時代から国会議員になった後まで、旧統一教会、北朝鮮による拉致問題、ヘイトスピーチなどを長く扱ってきた政治家です。
参議院議員を2期務めた後、2022年に落選。2023年の衆院山口4区補選、2024年の東京24区を経て、2026年の衆院選では比例東北ブロックから当選しました。一方、2026年9月は政党再編の最中にあり、「今は何党なのか」が分かりにくい時期でもあります。
- ジャーナリストとして旧統一教会、オウム真理教、北朝鮮拉致問題などを取材
- 日本テレビ系「ザ・ワイド」に長期間出演
- 参議院議員2期、衆議院議員2期
- 2026年衆院選では比例東北ブロックから当選
- 若い頃には日本共産党に約20年間在籍
- 国会では拉致問題、宗教法人、差別・ヘイトスピーチ、再審制度などを扱っている
| 名前 | 有田芳生(ありた よしふ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1952年2月20日 |
| 年齢 | 74歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 京都府 |
| 学歴 | 立命館大学経済学部卒業 |
| 議員種別 | 衆議院議員 |
| 選出 | 比例代表・東北ブロック |
| 国政当選歴 | 参議院2回、衆議院2回 |
| 所属 | 中道改革連合・無所属(2026年9月16日午前の衆議院公式表記。政党再編中) |
| 前職 | ジャーナリスト |
| 公式サイト | 有田芳生公式サイト |
| 公式X | @aritayoshifu |
有田芳生の現在|何党で、選挙区はどこ?
2026年9月16日午前時点で、衆議院の議員プロフィールは、有田芳生氏を「比例代表(東北)選出、中道改革連合・無所属」と掲載しています。
現在の選出は東京24区ではなく、比例東北ブロックです。2024年衆院選では東京24区から立候補しましたが、2026年衆院選では東北ブロックの比例単独候補として立候補し、当選しました。
党公式プロフィールでは、憲法調査会副会長のほか、拉致問題等に関する特別委員会理事、法務委員会委員、憲法審査会委員などが掲載されています。詳しい役職は党公式の有田芳生プロフィールで確認できます。
2026年9月は中道改革連合そのものが再編の途中です。党は9月9日に新たな政治勢力への移行方針を公表し、旧立憲民主党系の議員を中心とする新党「民主改革の会」の結成準備も進められています。
そのため、2026年9月16日午前の時点では衆議院公式の「中道改革連合・無所属」という表記を現在情報として扱う一方、所属表示が近く変更される可能性がある移行局面です。
党再編については、有田氏自身も公式Xで継続的に発信しています。
2026年衆院選で比例東北から当選|これまでの選挙結果
2026年衆院選では、中道改革連合の比例東北ブロック名簿2位で当選しました。党の第51回衆議院議員総選挙の結果では、東北ブロックの当選者として庄子賢一氏、有田芳生氏、金子恵美氏が掲載されています。
なぜ東京ではなく比例東北から出たのか
比例名簿では庄子賢一氏に続く単独2位。有田氏は選挙開始時、東北ブロックで再選を目指す理由について、党からの要請を受けたものだと公式Xで説明していました。
2024年は東京24区で萩生田光一氏と争い、比例で当選
2024年10月の衆院選では、立憲民主党から東京24区(八王子市の一部)に立候補しました。
東京都選挙管理委員会の開票結果では、無所属の萩生田光一氏が79,216票、有田氏が71,683票。差は7,533票で、小選挙区では萩生田氏が当選しました。
有田氏は比例東京ブロックで当選し、衆議院へ初めて議席を移しました。
「小選挙区では僅差で届きませんでしたが、比例区で当選しました。」
出典:有田芳生公式サイト
参院2期、2022年落選、2023年山口4区補選を経て衆院へ
| 選挙 | 所属 | 結果 |
|---|---|---|
| 2010年 参院選・比例 | 民主党 | 373,834票で当選 |
| 2016年 参院選・比例 | 民進党 | 205,884票で当選 |
| 2022年 参院選・比例 | 立憲民主党 | 46,715票で落選 |
| 2023年 衆院山口4区補選 | 立憲民主党 | 25,595票で落選 |
| 2024年 衆院東京24区 | 立憲民主党 | 小選挙区で敗れ、比例東京で当選 |
| 2026年 衆院選・比例東北 | 中道改革連合 | 比例名簿2位で当選 |
2023年の山口4区補欠選挙は、安倍晋三元首相の死去に伴って行われた選挙でした。有田氏は立憲民主党公認で出馬し、選挙戦では次のように訴えています。
「黙することなく、みんなで一緒にこの山口4区から日本を変えていこう」
出典:立憲民主党・山口4区補選の街頭演説
有田芳生は何をした人?ジャーナリストから政治家になるまで
有田氏の政治活動を理解するうえで外せないのが、国会議員になる前の長いジャーナリスト経験です。宗教団体、オウム真理教、北朝鮮など、後の国会活動につながるテーマを議員になる前から取材していました。
若い頃は日本共産党に約20年間在籍
有田氏は高校生だった1970年に日本共産党へ入党し、大学卒業後は日本共産党系の出版社・新日本出版社で編集者として働きました。その後フリーのジャーナリストとなり、共産党からは除籍されています。
2022年刊行の『日本共産党100年 理論と体験からの分析』には有田氏の「日本共産党100年への手紙」が収録されており、本人も自身を約20年間共産党に籍を置いた人物として振り返っています。書籍の内容はかもがわ出版の書籍紹介でも確認できます。
有田氏が日本共産党にいたのは若い頃からジャーナリスト時代にかけてです。その後は民主党、民進党、立憲民主党などから国政選挙に立候補しています。現在の所属を日本共産党とするのは誤りです。
旧統一教会・オウム真理教を取材し「ザ・ワイド」に出演
衆議院公式プロフィールには、フリージャーナリストとして霊感商法・旧統一教会、地下鉄サリン事件、北朝鮮による拉致問題などを取材した経歴が記されています。
テレビでは日本テレビ系「ザ・ワイド」に約12年半出演しました。国政進出後も、これらのテーマを委員会質問や議員活動で継続して扱っています。
「芳生(よしふ)」という名前はスターリンに由来
「芳生」は一般的には珍しい読み方ですが、有田氏は自身の名前について、ソ連のヨシフ・スターリンにちなんで父が名付けたと明かしてきました。
父の有田光雄氏は日本共産党に長く関わった労働運動家でした。名前の由来と有田氏本人の現在の政治的立場は分けて考える必要があり、名前がスターリンに由来すること自体は、有田氏がスターリン主義を現在支持していることを意味しません。
創価学会との関係は?『現代公明党論』を書いた経歴
有田氏と創価学会の関係で具体的に確認できるものの一つが、1985年に刊行した著書『現代公明党論』です。同書では公明党と創価学会を取材・分析対象として扱っています。
『現代公明党論』の書誌情報では、著者が有田芳生氏、白石書店から1985年に刊行されたことが確認できます。
2026年には旧公明党系議員と旧立憲民主党系議員が合流した中道改革連合で活動しましたが、有田氏本人が創価学会員であると裏付ける一次資料は確認されていません。著書による取材・分析、そして後年の政党内での協働は、それぞれ別の事実です。
政策・国会活動|統一教会、拉致、ヘイトスピーチなどを継続
有田氏の場合、選挙公約だけを見るより、ジャーナリスト時代から追ってきたテーマを国会でどう扱っているかを見ると政治活動の軸がつかみやすくなります。
旧統一教会問題|取材対象から国会質疑へ
旧統一教会は、有田氏が政治家になる前から長く取材してきたテーマです。2026年3月6日の衆議院予算委員会でも、東京高裁による解散命令を受けた状況を踏まえ、教団の実態や今後の対応について質問しました。
「統一教会とは一体何なのか」
出典:衆議院予算委員会会議録(2026年3月6日)
2026年4月には、公安調査庁が過去の資料で旧統一教会をどのように扱ってきたかについても公式Xで発信しています。
北朝鮮拉致問題|特別委員会の理事として活動
2026年時点で、有田氏は「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」の理事を務めています。ストックホルム合意や拉致被害者問題について国会質問や集会を続けています。
SNSでは過去に「有田芳生氏は北朝鮮国籍」とする画像が拡散しましたが、この主張は誤りです。
日本ファクトチェックセンターの検証によると、拡散された画像は有田氏が2015年に北朝鮮へ渡航した際の査証で、国籍欄には「日本」と記載されています。
ヘイトスピーチ対策と多文化共生
参議院議員時代には、法務委員会でヘイトスピーチ対策を繰り返し質問しました。2016年のヘイトスピーチ解消法をめぐる審議でも、差別的言動の定義や対象範囲などを取り上げています。
当時の質疑は参議院法務委員会の会議録に残っています。2026年の党公式プロフィールでは、多文化共生に関するプロジェクトチームの副座長も務めています。
ヘイトスピーチ解消法の成立10年を迎えた2026年には、今後の課題を考える集会について公式Xでも告知しました。
再審法の見直しにも議員立法で関与
2026年5月には、中道改革連合、チームみらい、日本共産党の議員らが共同で刑事訴訟法改正案、いわゆる再審法改正案を衆議院へ提出しました。有田氏も提出者の一人です。
- 再審請求審での証拠開示制度を整備する
- 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを制限する
法案提出時の内容は中道改革連合の発表に掲載されています。
捜査機関や国家権力の権限については、街頭で警察官とやり取りした経験と関連付け、「スパイ防止法」に対する懸念も公式Xで表明しています。
憲法・皇室制度では党内でも独自の対応を取ることがある
2026年時点で有田氏は党の憲法調査会副会長、衆議院の憲法審査会委員を務めています。
皇室典範改正案をめぐっては、2026年7月の衆議院本会議で採決そのものに参加せず退席したと本人が説明しました。理由については公式Xで具体的に記しています。
しばき隊との関係と「釘バット」写真は何だった?
有田氏について特に誤解が生じやすいのが、「しばき隊」や「釘バット」をめぐる話です。確認できる事実と、そこから派生した評価・呼び方を分ける必要があります。
- 有田氏は在日外国人などへの排外的デモに対するカウンター活動の現場に参加していた
- 「レイシストをしばき隊」関係者と一緒に活動・交流した記録や写真がある
- 2018年には「レイシストをしばき隊5周年」の会場で撮影した写真を本人がXに投稿した
- その写真の一つで有田氏が釘の付いたバットを手にしている
- 確認できる資料から、そのバットを使って誰かを襲ったという事実までは確認できない
2013年には、有田氏が排外的な街宣・デモに対するカウンター側の現場にいる写真も残っています。参議院でもヘイトスピーチを繰り返し取り上げていた時期です。
「釘バット」と呼ばれる写真は、2018年2月に本人が公式Xへ投稿したものです。投稿には「STREET JUSTICE レイシストをしばき隊5周年」の会場で撮影したと記されています。
写真に釘バットが写っていることと、有田氏がそれを暴力行為に使用したことは同じではありません。写真だけを根拠に後者まで断定することはできません。
また、「しばき隊のメンバー」「中核派」「アンティファ」などの呼称がネット上で使われることがありますが、衆議院や政党の公式経歴に、そうした団体への所属歴は記されていません。確認できるのは、反ヘイトのカウンター活動に参加し、その関係者と交流してきたことです。
妻・子供・父親は?有田芳生の家族について公表されている範囲
有田氏の家族については、父親の経歴や名前の由来は比較的資料が多い一方、妻や子供について本人が詳しく公表している一次情報は多くありません。
- 父:有田光雄氏。労働運動や日本共産党の活動に長く関わった
- 妻:現在の国会・政党公式プロフィールでは氏名や職業などを掲載していない
- 子供:娘・息子に関するネット情報はあるが、現在の公式資料では詳しい家族構成を公表していない
- 弟:氏名・職歴を記すネット情報もあるが、公的資料や本人資料で十分に裏付けられない情報は断定できない
父・有田光雄は日本共産党に関わった労働運動家
父の有田光雄氏は1930年に島根県で生まれ、労働運動や日本共産党の活動に長く関わりました。国政選挙へ複数回立候補した経歴もあります。著者略歴は高文研の著者紹介にも掲載されています。
2025年には光雄氏の著作『未来に生きる―「老コミュニスト」の残し文』が刊行され、有田芳生氏が解説を寄せました。
「父・有田光雄の真の人生は、1949年の元旦に日本共産党に加入したことからはじまった」
出典:花伝社『未来に生きる』書籍紹介
有田氏自身が若い頃に日本共産党へ入った背景にも、こうした家庭環境がありました。
妻や娘・息子の名前は断定しない方がよい
妻や子供については、個人ブログなどで具体的な名前・職業を挙げた情報が見つかることがあります。しかし、衆議院、所属政党、本人公式サイトなど現在確認できる主要な一次資料では詳細なプロフィールを公表していません。
家族本人が公人ではない場合もあるため、一次資料で裏付けられない氏名や勤務先を事実として扱うのは避けるのが妥当です。
有田芳生の公式X(Twitter)は「@aritayoshifu」
有田芳生氏本人の公式Xは、@aritayoshifuです。「Twitter」と呼ばれていた時代から同じアカウントを使っており、国会活動だけでなく、選挙、街頭活動、著書、党内の動きなども頻繁に投稿しています。
本人公式サイトでは、本人アカウントとは別に有田芳生事務所のXも案内されています。本人の発言を確認したい場合は、投稿者が@aritayoshifuかどうかを見ると区別できます。
有田氏は、ジャーナリスト時代から追ってきた旧統一教会や拉致問題を国会でも扱い続ける一方、再審法、ヘイトスピーチ、多文化共生、憲法・皇室制度などにも活動範囲を広げています。
選挙では2024年の東京24区から2026年の比例東北へと選出基盤が変わり、2026年9月には所属政党そのものが再編局面に入りました。現在の有田芳生氏を把握する際は、「東京24区の立憲民主党議員」という2024年時点の情報のまま見ないことが重要です。

