上田清司の現在は国民民主党の参院議員|埼玉県知事時代の実績・経歴・家族も解説

上田清司

上田清司(うえだ・きよし)氏は、衆議院議員、埼玉県知事を経て、現在は埼玉県選挙区の参議院議員を務めています。

長く無所属で活動してきましたが、2025年9月に国民民主党へ正式入党。2026年9月の党役員人事では両院議員総会長に就きました。衆院議員から県知事、再び国政へという経歴を持ち、地方行政と国政の両方を長く経験している政治家です。

上田清司氏を簡単に見ると
  • 現在は国民民主党所属の参議院議員・埼玉県選挙区2期目
  • 2003年から2019年まで埼玉県知事を4期16年務めた
  • 知事になる前は衆議院議員を3期務めた
  • 2025年に国民民主党へ入党し、2026年9月から両院議員総会長
  • 県政では行政改革、糖尿病重症化予防、生活保護世帯の子どもの学習支援などを進めた
目次

上田清司の現在は国民民主党の参議院議員

2026年9月現在、上田清司氏は国民民主党所属の参議院議員です。参議院の議員プロフィールでは、埼玉県選出・当選2回、会派は「国民民主党・新緑風会」とされています。

名前上田清司(うえだ きよし)
生年月日1948年5月15日
年齢78歳(2026年9月時点)
出身福岡県福岡市生まれ・大牟田市育ち
所属政党国民民主党
議員種別参議院議員
選挙区埼玉県選挙区
参議院当選回数2回
党役職両院議員総会長
参議院での主な役職財政金融委員会理事、懲罰委員会、憲法審査会、政治倫理審査会
前職・主な経歴衆議院議員3期、埼玉県知事4期16年
学歴福岡県立三池高校、法政大学法学部、早稲田大学大学院政治学研究科
公式サイト上田きよし公式サイト
公式広報X@FeFQFsgref5wS6U

2025年に無所属から国民民主党へ入党

上田氏は2019年、2022年の参院選をいずれも無所属で戦いました。2022年の参院選では国民民主党の推薦を受け、参議院でも国民民主党・新緑風会と行動を共にするようになります。

その関係が党籍に変わったのが2025年9月16日です。国民民主党の発表によると、両院議員総会で上田氏の入党が承認されました。

「無所属議員として参議院での会派を共にしてきたが、国民民主党のファンであった」

出典:国民民主党・上田清司参議院議員が国民民主党に入党

2026年の国民民主党代表選では代表選挙管理委員長を担当。9月6日の開票まで選挙管理を担い、9月11日に発足した新役員体制では、党の役員一覧で両院議員総会長に名前が掲載されています。

「中立公正な立場で選挙を行っていく」

出典:国民民主党・2026年代表選事前説明会

国会活動については、公式広報Xでも予算委員会などの予定を発信しています。

 

選挙区は埼玉県|参院議員として2期目

上田氏の現在の選挙区は参議院埼玉県選挙区です。比例代表ではありません。

参議院への転身は、埼玉県知事を退任した直後の2019年でした。大野元裕氏が埼玉県知事選への立候補に伴って参議院議員を辞職したため補欠選挙が行われ、上田氏が立候補しました。

選挙党派得票結果
2019年 参院埼玉選挙区補欠選挙無所属1,065,390票当選
2022年 第26回参院選・埼玉選挙区無所属501,820票再選

2019年補選では立花孝志氏との2人による選挙となり、上田氏が1,065,390票を獲得して初当選。2022年の通常選挙では、国民民主党の推薦を受けながら無所属で出馬し、埼玉県選挙管理委員会の結果で501,820票を獲得して2期目の当選となっています。

2025年にも参議院通常選挙が行われましたが、上田氏は2022年選出組のため改選対象ではありません。現在の任期は2028年7月25日までです。

参院選での国民民主党との関係

2022年の選挙時点では「国民民主党所属」ではなく、無所属候補として国民民主党の推薦を受けて当選しました。正式に党員となったのは2025年9月です。

国政だけでなく埼玉県内の地方選挙にも関わっており、公式広報Xでは市長選などの応援活動も発信しています。

 

上田清司の経歴・学歴|塾講師から国政、埼玉県知事へ

三池高校から法政大学、早稲田大学大学院へ

上田氏は1948年5月15日に福岡市で生まれ、大牟田市で育ちました。本人公式プロフィールによると、福岡県立三池高校ではバレーボール部の主将を務め、その後、法政大学法学部へ進学しています。

大学卒業後は早稲田大学大学院政治学研究科へ進みました。大学院時代には生活費を得るため所沢市で学習塾を開き、自ら教壇に立っています。もともとは教師を志していたと公式プロフィールで紹介されています。

4回の落選を経て1993年に衆議院議員へ

1976年には新自由クラブの結党に参画し、党政策委員として活動しました。1979年から1986年までは建設省建設大学校の非常勤講師として「地域社会論」「国土計画論」を担当し、新自由クラブ解党後は政策科学研究所で渡辺美智雄氏の政策ブレーンを務めています。

国政選挙への最初の挑戦は1980年です。旧埼玉5区から衆院選に立候補しましたが落選し、その後も1983年、1986年、1990年と敗れました。4回連続の落選を経て、5回目の挑戦となった1993年衆院選で初当選しています。

時期主な経歴
1976年新自由クラブ結党に参画
1980~1990年衆院選に4回挑戦するも落選
1993年衆議院議員に初当選
1996年衆議院議員2期目
2000年衆議院議員3期目
2003年埼玉県知事に初当選
2007年埼玉県知事2期目
2011年埼玉県知事3期目
2015年埼玉県知事4期目
2019年知事退任、参議院議員に初当選
2022年参議院議員2期目
2025年国民民主党へ入党
2026年国民民主党両院議員総会長に就任

衆議院では3期を務め、災害対策特別委員長、大蔵委員会筆頭理事、決算委員会筆頭理事などを経験しました。2003年に衆議院から埼玉県知事選へ転じています。

新党構想を模索した時期もあった

党歴は一つの政党に固定されてきたわけではありません。新自由クラブ、新生党、新進党、民主党などで活動し、知事時代と参議院議員初期は無所属でした。

2021年には新党結成を模索し、「健全な保守、中道」を結集する構想を掲げましたが、この時は結党に至りませんでした。その後は国民民主党との連携を深め、2022年参院選で同党の推薦を受け、2025年に正式入党する流れとなりました。

埼玉県知事16年で何をした?主な実績と多選をめぐる論点

上田氏の政治経歴で最も長い行政トップ経験が、2003年から2019年までの埼玉県知事4期16年です。

退任を控えた2019年6月、上田氏は埼玉県議会で16年間の県政を総括し、行政運営の考え方として「県庁を優れた経営体とする」「埼玉から日本を変える」を掲げてきたと説明しました。

退任前の県議会答弁で示した主な成果
  • さいたまスーパーアリーナ:2003年度に県から4億8,000万円の補給金を受けていた運営会社が2005年度に黒字化。2006年度以降の県への納付金累計を83億8,580万円と説明
  • 刑法犯認知件数:約18万件まで増えていた時期から約6万件まで減少したと説明
  • 糖尿病重症化予防:健診データを活用した「埼玉県方式」を展開し、国の「骨太の方針2018」で先進・優良事例として紹介
  • 子どもの学習支援:2010年度から生活保護世帯の子どもを対象とする「アスポート事業」を実施
  • 発達障害支援:5年間で1万549人の支援人材を育成したと県議会で説明

これらは県職員、市町村、医療機関など多くの主体が関わった県の施策です。上田氏自身は知事として、個別事業だけでなく「成果を数字で追う行政運営」を県庁内に定着させることを重視していました。

「成果を上げ続ける仕組みを職員の意識に根付かせたことが、最大の成果」

出典:埼玉県議会・2019年6月定例会答弁

4選出馬では「多選自粛条例」との整合性が批判された

知事時代の評価を扱う際に外せない論点が、2015年の4選出馬です。

上田氏は知事就任後、自らに「連続して3期を超えて在任しないよう努める」とする多選自粛条例を制定していました。それでも4期目へ立候補したため、県議会では条例との整合性や説明責任をめぐる批判が続きました。

自ら提案した多選自粛条例が存在する中で4選に出馬したことは、上田県政の代表的な論争の一つです。2018年には埼玉県議会が、条例を改廃しないまま4期目に就いたことを批判する決議も可決しています。

上田氏は2015年の県議会で、後継候補を探したものの実現せず、市町村長や経済・福祉団体などから出馬要請を受けたと説明しました。

「個人の大義か、県政の大義か、大いに悩み苦しみました」

出典:埼玉県議会・2015年6月定例会答弁

上田清司の政策|地方重視と社会保障、現在の国会活動

上田氏の公式サイトでは、現在の政策の柱として次の3点を掲げています。

上田清司氏が掲げる3つの政策軸
  • 地方重視の政治
  • 持続可能な社会保障制度の確立
  • 日本版SDGsの推進

知事経験を国政に生かし、「県政と国政の架け橋」になることを自らの役割として掲げています。現在は参議院の財政金融委員会理事でもあり、財政・税制・金融問題を扱う機会が多くなっています。

税収の上振れを家計へ還元するよう要求

2026年4月27日の参議院予算委員会では、税収の上振れ分の使い方を取り上げました。国民民主党の国会活動報告によると、住民税の控除額引き上げ、年少扶養控除の復活、障害福祉における所得制限の撤廃などを挙げています。

「国民に富を返すという視点がない以上、この国は良くならない。」

出典:国民民主党・2026年4月27日参議院予算委員会

同日の参議院の質疑項目では、中東情勢を受けた物資確保、現役世代の手取り、再生可能エネルギー発電促進賦課金の撤廃が上田氏の主な質問テーマとして記録されています。

国会で質問に立つ予定については、公式広報Xからも告知してきました。

金融問題では変額保険などを追及

2026年6月の財政金融委員会では、融資と一体になった変額保険をめぐる金融機関への監督を質問。金融庁による指導事例や、業務改善命令の必要性を取り上げました。

過去には金融委員会での発言内容が切り抜き動画で異なる形に伝わったとして、公式広報Xから自らの発言内容を訂正する投稿も行っています。

政治資金制度の議論にも参加

2024年末には国民民主党・新緑風会を代表して本会議討論に立ち、政策活動費の廃止や政治資金の透明性に関する法案について発言しました。参議院の国会会議録にも討論内容が残っています。

政治資金制度を扱う特別委員会で質問した際も、公式広報Xで審議予定を知らせています。

上田清司の秘書をめぐる情報|実名や裁判は分けて見る必要がある

上田氏の秘書については、複数の人物や出来事が混同されやすいため、それぞれを分ける必要があります。

秘書に関する3つの別の話
  • 2020年に起きた当時の公設秘書による性暴力をめぐる国家賠償訴訟
  • 知事時代の特別秘書・伊地知伸久氏
  • 2026年の県議補選に立候補した元公設秘書・西澤さとし氏

公設秘書による性暴力を認定した国家賠償訴訟

2025年4月、上田氏の当時の公設秘書だった男性(故人)から2020年に性暴力を受けたとして元記者の女性が国へ損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は国に440万円の支払いを命じました。

埼玉新聞の報道によると、裁判所は公設秘書の行為が職務と密接に関連していたと認定しました。双方が控訴せず、2025年5月に判決が確定しています。

ここで重要なのは、国の賠償責任が認められた一方、上田氏本人の指揮監督責任を求めた主張は棄却されたことです。

また、主要報道ではこの男性を「公設秘書の男性(故人)」としており、実名を掲載していません。インターネット上では特定の人物名と結び付ける情報もありますが、報道で氏名が示されていない以上、本記事では同一人物とは断定しません。

伊地知伸久氏は知事時代の特別秘書

伊地知伸久氏は、上田氏の衆議院議員時代に秘書を務め、その後は志木市議会議員を経て、2016年に埼玉県知事だった上田氏の特別秘書に就きました。

伊地知氏と上田氏に秘書としての関係があったこと自体は報道されていますが、前述の国家賠償訴訟を報じた埼玉新聞は、公設秘書の実名を明らかにしていません。「伊地知氏が上田氏の秘書だった」という事実と、「2020年の事件の公設秘書が誰だったか」は分けて扱う必要があります。

西澤さとし氏も上田氏の公設秘書を務めた

西澤さとし氏は2026年2月時点の選挙関連プロフィールで「参議院議員上田清司公設秘書」を肩書としていました。

同年3月の埼玉県議会議員補欠選挙では当初、国民民主党の公認候補となりましたが、投票日前日に県連が除籍と公認取り消しを発表しました。国民民主党埼玉県連は、公認申請時に「公認判断に関わり得る特定の事実」を申告していなかったことを理由としています。

県連の公式発表はその「特定の事実」の内容までは記載していないため、本記事でも推測による補完は行いません。

妻・息子・娘など上田清司の家族

家族については、本人の公式プロフィールに公表されている範囲があります。

公表されている家族構成
  • 妻:常子さん
  • 子ども:長男・長女・次男の3人
  • 妻は上田氏と同郷

公式プロフィールは子どもについて「長男、長女、次男」と記載していますが、氏名や現在の職業などは掲載していません。したがって、息子や娘の職業・勤務先を推測できる情報を家族情報として断定することはできません。

自宅ではなく公開されている事務所を連絡先に

政治活動上の連絡先として本人公式サイトが公開している国会事務所は、東京都千代田区永田町2丁目1-1・参議院議員会館618号室です。電話番号は03-6550-0618と案内されています。

私生活上の自宅住所ではなく、問い合わせや政治活動に関する連絡にはこうした公開事務所を利用できます。

「選挙の鉄人」と呼ばれる上田清司の人物像

上田氏には「選挙の鉄人」という呼び名があります。

政治家として順調に当選を重ねた人物というより、国政初当選までに4回落選した経験を持っています。1993年に初当選して以降は、衆院選3回、知事選4回、参院選2回と、自身が立候補した選挙で当選を重ねてきました。

選挙ドットコムのインタビューでは、落選するたびに選挙戦の方法を分析し、駅頭活動、地域での人脈形成、チラシの形や配り方まで改善してきた過程を詳しく語っています。

公式広報Xでも、選挙戦略家として知られた藤川晋之助氏を悼んだ投稿の中で、自身について「選挙の鉄人」と呼ばれたことがあると触れています。

趣味として本人プロフィールに挙げているのは読書・登山・釣り。座右の銘は「疾風に勁草を知る」です。

知事時代から掲げてきた「埼玉から日本を変える」という言葉は現在も公式サイトのタイトルに使われています。地方行政で経験した課題を国政へつなぐという考え方が、現在の政策活動にも続いています。

2026年現在の上田清司を確認できる公式情報

上田氏は現在も国会活動を続けており、2026年には予算委員会や財政金融委員会で質問に立つ一方、国民民主党では代表選挙管理委員長を務め、9月から両院議員総会長となりました。

最新情報の確認先
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次