鈴木宗男の現在は?2025参院選当選・娘や息子・ロシア外交と事件を解説

鈴木宗男

鈴木宗男氏は、北海道を政治基盤として40年以上にわたり国政に関わってきた政治家です。北海道・沖縄開発庁長官や内閣官房副長官を歴任し、北方領土問題と日ロ外交に長く取り組んできました。

2002年の逮捕と、その後の実刑判決による失職を経験する一方、国政へ復帰。2023年にはロシア訪問をめぐって日本維新の会を離れ、2025年には自民党へ復党して参議院選挙に出馬しました。

2026年9月現在は、自民党所属の参議院議員として活動しています。 娘の鈴木貴子氏も衆議院議員であり、親子で現職の国会議員です。

鈴木宗男氏を簡単に見ると
  • 北海道足寄町出身のベテラン政治家
  • 衆議院議員8回、参議院議員2回当選
  • 北海道・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官などを歴任
  • 北方領土問題と日ロ外交を長年のライフワークとしている
  • 2002年に逮捕され、後に実刑判決が確定
  • 日本維新の会を離党後、2025年に自民党へ復党
  • 娘は自民党の衆議院議員・鈴木貴子氏
目次

鈴木宗男の現在は?自民党の参議院議員として活動

鈴木宗男氏は1948年1月31日生まれで、2026年9月現在78歳です。

参議院の議員情報では、比例代表選出の参議院議員として掲載され、所属会派は「自由民主党・無所属の会」。参議院では国際問題に関する調査会長を務めるほか、法務委員会、沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会、憲法審査会に所属しています。

名前鈴木宗男(すずき むねお)
生年月日1948年1月31日
年齢78歳(2026年9月現在)
出身地北海道足寄町
所属政党自由民主党
議員種別参議院議員
選挙区比例代表
参議院当選2回(2019年・2025年)
衆議院当選8回
主な役職歴北海道・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、衆議院外務委員長など
学歴北海道立足寄高校、拓殖大学政経学部
公式サイト鈴木宗男公式WEBSITE
公式X@official_s_mune
公式ブログ花に水 人に心

自民党の公式プロフィールでは、参議院2回・衆議院8回当選と整理されています。国政でのキャリアは1983年の衆議院初当選から40年以上に及びます。

「政治の目的、究極は世界平和である。」

出典:鈴木宗男公式WEBSITE

2025年の選挙を前にした公式Xでは、自身の政治活動を「最後の挑戦」と位置付けていました。

 

2025年参院選で当選|選挙区ではなく全国比例

鈴木宗男氏は2025年7月20日投開票の第27回参議院議員通常選挙に、自民党の比例代表候補として立候補しました。

参院選直前の2025年6月20日付で自民党への復党が了承され、その後、同党の比例代表候補として選挙戦に入りました。したがって、北海道選挙区から出馬したのではありません。

2025年参院選の結果
選挙第27回参議院議員通常選挙
投開票2025年7月20日
政党自由民主党
区分比例代表
個人得票132,633.351票
自民党内順位12位
結果当選

比例代表では候補者名で投じられた票も政党の議席配分に反映されます。鈴木氏は13万2633票余りを獲得し、自民党の当選圏となる12位に入りました。

開票途中では当選が厳しいとみられ、本人も政界引退の意向を表明しましたが、その後に12番目の議席を確保して当選しました。

当選後、鈴木氏は公式Xで「奇跡の当選」と表現しています。

選挙期間中には、地元・足寄で1983年の初当選時を振り返る投稿もしています。

 

鈴木宗男の娘は衆議院議員の鈴木貴子

鈴木宗男氏の家族で特に知られているのが、長女の鈴木貴子氏です。

鈴木貴子氏は1986年に北海道帯広市で生まれ、カナダのトレント大学を卒業。NHKでディレクターとして勤務した後、2012年の衆院選へ出馬し、2013年に繰り上げ当選しました。

現在は自民党所属の衆議院議員です。2026年2月の衆院選では北海道7区で当選し、父の宗男氏と娘の貴子氏がそろって国会議員を務めています。

「父親が政治家であり、小さい時から身近な職業でした。」

出典:自由民主党・鈴木貴子プロフィール

政治家として同じ道を歩んでいるものの、貴子氏自身は2026年のインタビューで「鈴木宗男の政治家人生だけが正解ではない」という趣旨を語っており、父とは別の政治家として活動しています。

鈴木宗男の息子は?

鈴木宗男氏には貴子氏以外にも息子がおり、公開されている人事資料などでは長男・一郎氏、次男・行二氏の名前が伝えられています。

長男については会社経営などに関する情報がインターネット上で複数見られますが、政治家である貴子氏ほど詳細な公式プロフィールは公表されていません。勤務先や事業内容については、出典が明確でない情報まで断定するのは避ける必要があります。

妻は典子さん

妻は典子さんです。鈴木氏は自身のブログで妻が広島県豊町、現在の呉市豊町大長の出身であることを明かしています。

2022年には妻について触れたうえで、家族や松山千春氏、佐藤優氏、後援者との縁への感謝を記していました。

「私はかけがえのない妻、家族、松山千春さん、佐藤優さん、北海道はもとより全国の後援者、全ての出会いご縁に手を合わせてやまない。」

出典:鈴木宗男オフィシャルブログ

鈴木宗男の経歴|中川一郎秘書から大臣・官房副長官へ

鈴木宗男氏は北海道足寄町の農家に生まれました。北海道立足寄高校を卒業後、拓殖大学政経学部へ進学しています。

大学在学中から北海道の有力政治家だった中川一郎氏の秘書を務め、政治の現場へ入りました。鈴木氏は中川氏を「政治の師」と位置付けています。

年主な経歴
1966年北海道立足寄高校卒業
1969年衆議院議員・中川一郎氏の秘書
1970年拓殖大学政経学部卒業
1983年35歳で衆議院議員初当選
1989年防衛政務次官
1990年外務政務次官
1997年北海道・沖縄開発庁長官
1998年内閣官房副長官
1999年自民党総務局長
2002年衆議院議院運営委員長、自民党離党
2005年新党大地を結成、衆院選で国政復帰
2009年衆議院外務委員長
2010年実刑判決確定に伴い衆議院議員を失職
2019年日本維新の会から参院比例で当選
2023年日本維新の会を離党
2025年自民党復党、参院比例で再選

初当選から一貫して北海道、農林水産、北方領土、外交を主要な政治テーマとしてきたことが鈴木氏の経歴を特徴付けています。

なぜ鈴木宗男はロシアとの関係が深いのか

鈴木宗男氏を語るうえで外せないのがロシアとの外交ルートと北方領土問題です。

1990年に外務政務次官となり、ソ連末期からロシア誕生の時期に外交へ関与しました。自身の公式サイトでも、ソ連のゴルバチョフ大統領の来日やソ連崩壊の時代から日ロ関係に関わってきたと説明しています。

北方領土の元島民との関係も深く、平和条約締結と領土問題の解決、墓参の再開などを長期間訴えています。

鈴木宗男氏が日ロ外交で訴えていること
  • 日本とロシアの外交チャンネルを維持する
  • 北方領土問題を交渉によって解決する
  • 日ロ平和条約を締結する
  • 北方領土の元島民による墓参を再開する
  • 漁業など隣国間の実務的な課題を協議する

2025年7月には、自身を「ロシアの擁護者」「ロシアの代弁者」などと批判する声に対し、公式Xで自らの立場を説明しました。

鈴木氏はロシアによるウクライナ侵攻について、主権侵害や力による一方的な現状変更を認めないことを前提としながらも、対話のチャンネルを閉ざすべきではないという姿勢を取っています。

この姿勢は強い支持と批判の双方を生んでいます。特にウクライナ侵攻後は、日本政府がロシアへの制裁を進めるなかで、鈴木氏の主張との違いが鮮明になりました。

2023年のロシア訪問が維新離党につながった

2023年10月、鈴木氏はロシアを訪問しました。日本維新の会は、党への事前届け出がなかったことや現地での発言などを問題視し、除名処分を決定しました。

鈴木氏は処分を通告される前に離党届を提出。党がこれを受理したため、最終的には除名ではなく、自らの離党という形で日本維新の会を離れています。

「これからもロシアの友人として生きていく」

出典:テレビ朝日・鈴木宗男氏の離党会見報道

2025年末にもロシアを訪問

自民党復党後も鈴木氏の対ロ外交は続いています。2025年12月にはモスクワを訪れ、ロシア外務省幹部らと面会しました。

訪問前には茂木敏充外相とも面会。ロシア側には北方領土の元島民による墓参再開や漁業協定などについて働きかけています。外務省も、日ロ間には墓参や漁業をはじめ解決すべき懸案があり、意思疎通が必要との認識を示しています。

「こんな時だからこそロシアを訪問することが大事だと思っています。」

出典:鈴木宗男オフィシャルブログ・2025年12月27日

鈴木宗男事件とは?逮捕から実刑判決まで

「鈴木宗男事件」と呼ばれるのは、2002年を中心に表面化した一連の刑事事件です。

最初の大きな節目となったのは2002年6月19日の逮捕でした。当時衆議院議員だった鈴木氏について、国会が逮捕許諾請求を認め、東京地検特捜部があっせん収賄容疑で逮捕しました。

「やまりん」をめぐるあっせん収賄

逮捕容疑となったのが、北海道の製材会社「やまりん」をめぐる事件です。

衆議院議院運営委員会の記録によると、入札参加資格停止処分を受けた同社から林産物の受注回復について働きかけを依頼され、林野庁幹部へあっせんし、その報酬として現金500万円を受け取ったという容疑でした。

受託収賄や偽証などでも起訴

その後、北海道開発局発注工事をめぐる受託収賄、国会の証人喚問における偽証、政治資金規正法違反などでも起訴されました。

刑事裁判の結論
  • 罪名:あっせん収賄、受託収賄、議院証言法違反、政治資金規正法違反
  • 懲役2年
  • 追徴金1100万円
  • 2010年に最高裁で上告棄却
  • 実刑判決確定に伴い衆議院議員を失職

鈴木氏は無罪を主張しましたが、刑事裁判では有罪判決が確定しています。 この点は、本人が現在も一連の捜査を「国策捜査」と位置付けていることとは分けて整理する必要があります。

判決確定後は収監され、刑期を経て政治活動へ復帰しました。この経験から、現在は再審制度や刑事司法改革を自身の政策テーマの一つに掲げています。

「ムネオハウス」とは何だったのか

鈴木宗男氏に関連して現在も使われる言葉に「ムネオハウス」があります。

これは北方領土の国後島に建設された「日本人とロシア人の友好の家」の俗称です。鈴木氏が施設の建設に強く関与したことから、2002年の疑惑報道のなかで「ムネオハウス」という呼び名が広まりました。

2026年3月、鈴木氏はこの名前を逆手に取り、公式YouTubeチャンネルを「ムネオハウス」という名称で開設しています。

かつて自身への批判の象徴となった言葉を公式チャンネル名に採用したことで、開設時には大きな反響がありました。

鈴木宗男が掲げる主な政策と「やったこと」

鈴木氏の政治活動はロシアだけではありません。2025年の選挙で掲げた政策は、北方領土、農林水産、インフラ、刑事司法、社会保障、政治改革、地方創生など広範囲に及びます。

北方領土と日ロ平和条約

最も長く取り組んでいるテーマです。外務政務次官などを務めた1990年代から日ロ間の交渉に関与し、歴代政権でも独自の人的パイプを使って首脳外交を支援してきました。

現在も北方領土問題の解決と日ロ平和条約締結を「最後の仕事」と位置付けています。

農林水産業と北海道の基盤整備

農家出身であることもあり、農林水産政策を一貫して重視してきました。国内の生産基盤、担い手確保、食料安全保障に加え、道路や港湾など地方のインフラ整備を重視しています。

本人の公式サイトでは、一次産業を食料生産だけでなく、安全保障や国土保全にも関わる産業として位置付けています。

刑事司法・再審制度の改革

自身の逮捕・収監経験を背景に、取り調べのあり方や冤罪、再審制度の改革にも取り組んできました。

2010年には袴田巌氏の救援議員連盟を立ち上げています。袴田氏は2024年の再審で無罪判決を受け、判決は確定しました。

政治改革

旧文書通信交通滞在費、現在の調査研究広報滞在費について、使途公開や領収書添付を長く主張してきました。鈴木氏は2025年の政策でも政治資金や議員活動に関する透明性向上を掲げています。

鈴木宗男は若い頃から「現場型」の政治家だった

鈴木氏は北海道足寄町の農家で育ちました。子どもの頃は農作業を手伝い、電気がない時代にはランプで生活していたと自身の公式サイトで振り返っています。

修学旅行で東京を訪れた際、舗装道路や地下鉄、高層ビルを目にし、北海道との生活環境の差に衝撃を受けたことが政治を志す原点の一つになったとしています。

その後、中川一郎氏の秘書として全国を走り回り、35歳で初当選。街頭演説や後援会活動を重視する政治スタイルは現在まで続いています。

2025年の参院選でも、政治の役割について公式Xで自身の考えを発信していました。

松山千春・佐藤優との関係

鈴木宗男氏の人間関係でよく知られているのが、歌手の松山千春氏と元外務省主任分析官の佐藤優氏です。

松山千春とは長年の盟友

松山千春氏も北海道足寄町の出身で、鈴木氏とは長年にわたる親交があります。選挙では応援演説に立つことも多く、鈴木貴子氏の選挙も支援してきました。

佐藤優との関係は「鈴木宗男事件」以降も続く

佐藤優氏は外務省でロシア外交を担当していた元外交官です。鈴木氏との関係が深く、2002年の一連の事件では佐藤氏自身も逮捕・起訴されました。

その後も両者の交流は続いており、外交や国際情勢をテーマに対談しています。2026年に始まった鈴木氏のYouTube「ムネオハウス」にも佐藤氏が登場しています。

胃がん・食道がんを経験

鈴木宗男氏は過去に胃がんと食道がんを経験しています。

2003年、長期勾留から保釈された後の人間ドックで胃がんが発見されました。その後、食道がんも経験しています。

2026年5月のインタビューでは、当時について本人が振り返り、手術後に転移は認められなかったこと、その後に見つかった食道がんも治療し、国政復帰した経緯を語っています。

「その後に食道がんも見つかりましたが、克服して国政復帰を果たしました。」

出典:集英社オンライン・鈴木宗男インタビュー

これは過去の治療歴について本人が公表している内容であり、現在の健康状態について病名などを推測するものではありません。

2026年も国会と日ロ外交の両方で活動を続けている

2025年の参院選では「最後の戦い」として選挙に臨んだ鈴木宗男氏ですが、当選後は再び6年間の参議院議員としての任期に入りました。

参議院では国際問題に関する調査会長を務め、ロシア問題だけでなく外交全般を扱う立場にあります。北海道と東京では「大地塾」などの政治活動も継続しており、公式サイトの予定でも2026年9月まで講演・政治活動の日程が掲載されています。

78歳の現在も現役の国会議員であり、北方領土と日ロ関係を政治家人生の最後まで取り組むテーマとして掲げています。 2025年末の訪ロ後も、元島民の墓参再開や漁業問題など、日ロ間に残る具体的な課題について働きかけを続けています。

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