古川元久と古川財閥の関係は?実家・父、妻と息子の大学、経歴を解説

古川元久

国民民主党の古川元久氏は、大蔵省出身で、民主党政権では国家戦略担当大臣や経済財政政策担当大臣などを務めた衆議院議員です。2026年2月の衆院選で11回目の当選を果たし、現在は党の代表代行兼国会対策委員長を務めています。

政治経歴の一方で、「古川財閥や古川為三郎と関係があるのか」「実家や父親はどんな人なのか」「妻や息子、息子の高校・大学は公表されているのか」といった家族に関する情報も関心を集めています。公表資料で分かる範囲と、根拠を確認できない情報を分けながら見ていきます。

古川元久氏を簡単に見ると
  • 1965年12月6日、名古屋市生まれ
  • 愛知県立旭丘高校、東京大学法学部卒業
  • 大蔵省を経て1994年に退官し、政治活動を開始
  • 衆議院議員11期、選挙区は愛知2区
  • 所属政党は国民民主党
  • 2026年9月現在、国民民主党代表代行兼国会対策委員長
  • 民主党政権で国家戦略担当大臣、経済財政政策担当大臣、科学技術政策担当大臣などを歴任
名前古川元久(ふるかわ もとひさ)
生年月日1965年12月6日
年齢60歳(2026年9月現在)
出身地愛知県名古屋市
所属政党国民民主党
議員種別衆議院議員
選挙区愛知2区(名古屋市千種区・守山区・名東区)
当選回数11回
現在の党役職代表代行兼国会対策委員長
前職大蔵省(現・財務省)職員
主な役職歴内閣官房副長官、国家戦略担当大臣、経済財政政策担当大臣、科学技術政策担当大臣など
公式サイト古川元久オフィシャルサイト
公式X@Fullgen
目次

古川元久と古川財閥・古川為三郎の関係は?実家や父も調査

古川元久氏について特に混同されやすいのが、名古屋の実業家だった古川爲三郎(古川為三郎)氏との関係です。

古川財閥との関係について

古川元久氏と古川爲三郎氏が親族であることを示す公的資料や本人のプロフィールは見当たりません。同じ「古川」姓で、ともに愛知・名古屋との縁が深いことだけを根拠に、親族や一族だと断定することはできません。

古川為三郎はヘラルドグループを築いた実業家

古川美術館の公式プロフィールによると、古川爲三郎氏は1890年に現在の愛知県一宮市で生まれた実業家です。映画興行などを手がけるヘラルドグループを一代で築いた人物で、美術品収集家としても知られています。

1987年には財団法人古川会を設立し、1991年には名古屋市千種区に古川美術館を開館しました。1993年に103歳で亡くなっています。

古川元久氏も名古屋市生まれで、現在の選挙区には千種区が含まれます。そのため両者を結び付けた情報が出やすいと考えられますが、本人公式プロフィールや衆議院の経歴には、古川爲三郎氏やヘラルドグループとの血縁関係は記載されていません。

父は2021年時点で90歳を超えていた

古川元久氏の父親については、名前や職業など詳しいプロフィールは公表されていません。一方、古川氏は2021年の自身の発信で、90歳を超える父が自宅の庭で野菜を作っていることを紹介しています。

同じ2021年には衆議院議員在職25年を振り返り、「妻をはじめ両親やその他の家族」に支えられてきたと本人ブログで記しています。

「実家」について分かるのは、古川氏自身が名古屋市で生まれ育ち、28歳で大蔵省を辞めて故郷・名古屋へ戻ったことなどです。実家の具体的な所在地や両親の詳しい経歴は公表されていません。

「これからの日本が良くなるのも悪くなるのも自分たち次第」

出典:古川元久オフィシャルブログ「政治をめざした原点に立ち戻る」

妻・息子・娘がいる|息子の高校や大学は公表されている?

古川元久氏の公式プロフィールには、家族として妻・長男・長女が記載されています。

家族公表されている情報
妻妻がいることは本人プロフィールなどで確認できる。氏名・職業などは公表されていない
息子長男がいる。高校・大学名は本人の公式プロフィールなどでは公表されていない
娘長女がいる。氏名や学校など詳しい情報は公表されていない
父2021年時点で90歳を超えていたことを本人が紹介
母本人が「両親」への感謝を記しているが、詳しいプロフィールは非公表

特に「息子の高校」「息子の大学」についてさまざまな情報が出ることがありますが、学校名を裏付ける本人発信や公的プロフィールは確認できません。非公表の学校名を推測で結び付けるのは避けた方がよいでしょう。

古川氏は著書『きみがもし選挙に行くならば―息子と考える18歳選挙権』も出版しており、父親として息子と政治や選挙について考える姿を著作のテーマにしています。

 

古川元久の現在|国民民主党の代表代行兼国対委員長

2026年9月11日に国民民主党が決定した新しい役員体制でも、古川元久氏は代表代行兼国会対策委員長となりました。党代表は玉木雄一郎氏、幹事長は榛葉賀津也氏です。

国対委員長は、国会の日程や法案審議などについて与野党間の調整を担うポストです。古川氏は党の政策だけでなく、国会運営の実務でも中心的な役割を担っています。

衆議院では愛知2区選出で、会派は「国民民主党・無所属クラブ」。国民民主党愛知県連では、国土交通委員会や国家基本政策委員会での活動も紹介されています。

衆院選後には、国会審議のあり方について本人のXでも発信しています。

事務所は名古屋と国会議員会館にある

古川氏の事務所は、地元名古屋と東京の衆議院第二議員会館にあります。連絡先は本人公式サイトで公開されています。

事務所所在地
名古屋事務所愛知県名古屋市千種区内山3-8-16 トキワビル2F
国会事務所東京都千代田区永田町2-1-2 衆議院第二議員会館1006号室
 

学歴・経歴|旭丘高校から東大法学部、大蔵省へ

古川元久氏は名古屋市で生まれ、愛知県立旭丘高校から東京大学法学部へ進学しました。旧国民民主党が掲載した本人インタビューのプロフィールでは、大学在学中の1986年に司法試験に合格したことも紹介されています。

1988年に東京大学法学部を卒業すると大蔵省へ入省。その後、米国コロンビア大学大学院で国際関係論を学びました。

官僚から政治家になるまで
  • 1986年:司法試験に合格
  • 1988年:東京大学法学部卒業、大蔵省入省
  • 1993年:米国コロンビア大学大学院へ留学し国際関係論を学ぶ
  • 1994年:大蔵省を退官し、地元名古屋で政治活動を開始
  • 1996年:第41回衆院選で初当選

古川氏が官僚を辞めたのは28歳のときでした。本人は、将来の日本を良くするのも悪くするのも今を生きる人たち次第だと考え、政治の世界へ進んだと説明しています。

なお、小学校・中学校については、現在の本人公式プロフィールや衆議院プロフィールでは学校名が掲載されていません。旭丘高校より前の学歴について、出典が明確でない情報を確定情報として扱うのは注意が必要です。

民主党政権では官房副長官から大臣へ

民主党政権では、内閣官房国家戦略室長や内閣府副大臣を経て、菅直人内閣で内閣官房副長官を務めました。

野田佳彦内閣では国家戦略担当大臣となり、内閣府特命担当大臣として経済財政政策、科学技術政策などを担当。宇宙開発・宇宙政策にも携わりました。歴代内閣の閣僚名簿にも古川氏の担当が記録されています。

その後は衆議院内閣委員長、沖縄及び北方問題に関する特別委員長などを歴任し、現在の国民民主党では党運営と国会対策を担っています。詳しい歴代役職は衆議院の議員プロフィールでも確認できます。

古川元久は何をした?政治改革や税制、社会活動での実績

古川氏の仕事を見ると、閣僚経験だけでなく、近年は政治資金制度や税制をめぐる与野党協議で名前が出ることが多くなっています。

政治資金監視委員会を設ける法律の提出者になった

2024年12月、古川氏ら4人は「政治資金監視委員会等の設置その他の政治資金の透明性を確保するための措置等に関する法律案」を議員立法で提出しました。

法案は衆参両院で可決され、2025年1月8日に法律第3号として公布・施行されています。国会に第三者的な政治資金監視委員会を設けるための枠組みを定めた法律で、古川氏一人の成果ではなく、国民民主党・公明党をはじめ複数議員・会派による協議を経て成立したものです。

法案の提出者や審議経過は衆議院の議案情報、法律本文はe-Gov法令検索で公開されています。

「国民民主党は、正直で偏らない現実的な政治を目指している。」

出典:国民民主党「古川国対委員長が特別党員と昼食懇談」

「103万円の壁」など税制協議にも関与

2025~2026年には党税制調査会長として税制協議に参加しました。古川氏自身は、「103万円の壁」の引き上げ、自動車関係諸税の見直しなどについて、党の責任者として与党との協議に関わったと2026年の本人ブログで説明しています。

2026年度税制改正では、所得税の課税最低限を178万円まで引き上げる措置が盛り込まれました。制度改正そのものは政府・与党や各党間の協議を経たもので、国税庁も2026年分からの新しい基礎控除・給与所得控除について案内しています。

TABLE FOR TWOや震災後の若者支援にも関与

政治以外では、2007年にNPO法人TABLE FOR TWOの設立に関わりました。先進国の生活習慣病と途上国の飢餓・栄養問題を同時に改善しようとする活動です。

東日本大震災後の2011年には、逆境にある若者を支援する一般財団法人教育支援グローバル基金の設立にも関わり、人材育成事業「BEYOND Tomorrow」を実施しています。

健康政策では超党派の睡眠議員連盟で幹事長を務めています。本人はXで、議連として取り組んできた施策の一つが実現したことを紹介しました。

政策は?「住まい」、手取り増、政治改革を重視

古川元久氏個人の政策で特徴的なのが、住宅政策を社会保障や地域活性化と結び付ける考え方です。

「『住まい』の提供を、年金・医療・介護・子育てと並ぶ社会保障の一分野に位置づけます。」

出典:古川元久オフィシャルサイト「政策」

公式サイトでは、広い住宅や二拠点居住を促す「居住面積倍増計画」、東京圏から地方への移住を後押しする「東京大引っ越し作戦」などを掲げています。住宅需要による内需拡大と東京一極集中の是正を同時に狙う構想です。

古川元久氏の主な政策テーマ
  • 暮らし・税:所得減税や住民税減税などによる手取り増
  • 社会保障:給付付き税額控除の導入、住宅を社会保障の一分野として位置付ける
  • 政治改革:政治資金監視、政党ガバナンス改革、選挙制度改革
  • 地方:東京一極集中の是正、地方移住や二拠点居住の促進
  • 安全保障:外交・防衛・インテリジェンス機能の強化

給付付き税額控除を長年主張

2026年には社会保障国民会議の実務者会議に国民民主党側のメンバーとして参加し、給付付き税額控除の制度設計を議論しています。

内閣官房が公開した2026年3月の会議資料では、古川氏は大蔵省主税局時代にカナダの制度を調べ、「refundable tax credit」を「給付付き税額控除」と訳したと説明しています。本人によれば、消費税の逆進性対策として約40年前から必要性を考えてきた政策です。

2026年7月の実務者協議では給付付き税額控除の基本的方向性について議論が進み、古川氏は党を代表して制度設計に参加しました。

選挙制度・国会改革にも積極的

政治改革では、政治資金だけでなく選挙制度や国会運営そのものの見直しにも踏み込んでいます。国民民主党は議員定数削減と中選挙区連記制を組み合わせた制度を提案しており、古川氏もその議論を担っています。

国会の採決方法についても、木札ではなく議席から電子投票できる仕組みへの変更を主張しています。

「対立の先に真の解決はありません。」

出典:古川元久オフィシャルサイト「めざす社会」

公式サイトでは「足るを知る」をキーワードに、対立を先鋭化させるのではなく調和を目指す考えを示しています。国民民主党で繰り返し使われる「対決より解決」という姿勢とも重なる部分です。

選挙区は愛知2区|2026年に11回目の当選

古川元久氏の選挙区は愛知県第2区で、名古屋市の千種区・守山区・名東区が対象です。

1996年の第41回衆院選で初当選しました。この選挙では愛知2区で3位となったものの、比例東海ブロックで復活当選しています。その後も議席を守り続け、第41回から第51回まで11回連続で当選しています。

2026年衆院選は11万540票で当選

2026年2月8日の第51回衆院選では、古川氏が110,540票、得票率49.1%で愛知2区の議席を獲得しました。投票率は57.21%でした。

候補者政党得票数得票率
古川元久国民民主党110,540票49.1%
つじ秀樹自由民主党74,845票33.3%
梅村ただし減税日本・ゆうこく連合24,158票10.7%
酒井ケンタロー日本共産党15,550票6.9%

前回の2024年衆院選でも121,739票を獲得しており、愛知2区で長期にわたって議席を確保してきたことが、古川氏の選挙基盤を見るうえで最も分かりやすい数字です。

11回目の当選時には、本人の公式Xでも結果を報告しました。

2026年衆院選後は選挙制度そのものの改革を主張

古川氏は自身が当選した選挙の結果とは別に、現在の小選挙区比例代表並立制には見直しが必要だと主張しています。衆院選後には、中選挙区連記制の導入を含めた抜本改革について発信しました。

統一教会との関係は?本人は支援・支持とも「ない」と回答

旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との関係については、共同通信が2022年に行った国会議員アンケートで古川元久氏本人が回答しています。

共同通信アンケートでの回答
  • 献金・パーティー券購入:ない
  • 選挙活動への支援:ない
  • 集会への出席・祝電:ない

「過去に支援を受けたことも、私どもから当該団体へ支持を表明したことも一切ございません。」

出典:共同通信「国会議員アンケート」

少なくとも、このアンケートで問われた献金、選挙支援、イベント参加などについて、古川氏はすべて関係を否定しています。

中国との関係は?2025年に超党派の訪中団へ参加

古川元久氏と中国との関係で公的資料から具体的に確認できるのが、2025年4月の日中友好議員連盟訪中団への参加です。

在中国日本国大使館によると、訪中団は北京を訪れ、全国人民代表大会常務委員会の趙楽際委員長らと会談しました。古川氏のほか、森山裕氏、岡田克也氏、海江田万里氏、赤羽一嘉氏、志位和夫氏、小渕優子氏など複数政党の国会議員が参加しています。

このように中国側との議員交流へ参加した事実はありますが、超党派の議員団への参加だけを根拠に「親中」と断定することはできません。古川氏自身は安全保障政策について「自分の国は自分で守る」との立場を示し、外交力・防衛力・インテリジェンス機能の強化を掲げています。

人物像|メガネ・大きな声・笑顔がチャームポイント

政策や役職から離れたプロフィールでは、古川氏自身が「メガネ・大きな声・笑顔」をチャームポイントとして挙げています。子どものころの夢は中日ドラゴンズの選手でした。

好きな食べ物納豆、餃子、コロッケ
趣味飼い犬のハッピーとたわむれること
チャームポイントメガネ、大きな声、笑顔
好きな言葉「夢高くして足は地にあり」
子どものころの夢中日ドラゴンズの選手

宇宙政策担当大臣を務めていたころには、漫画『宇宙兄弟』の主人公・南波六太との対談企画にも登場したと、国民民主党の選挙プロフィールで紹介されています。

一方、身長や使用しているメガネのブランドは、本人の公式プロフィールでは公表されていません。外見だけからブランドなどを特定することはできません。

2026年は給付付き税額控除と国会・選挙制度改革の協議を担当

2026年に古川氏が継続して関わっているテーマの一つが、給付付き税額控除を含む社会保障・税制改革です。社会保障国民会議の実務者会議では国民民主党側から参加し、制度の目的、対象者、導入までのつなぎ措置などについて協議しています。

党内では2026年9月11日の新役員人事でも代表代行兼国会対策委員長に留任しました。大臣経験のある11期のベテランとして、現在は「閣僚」ではなく、国民民主党の国会交渉と制度改革を担う立場にあります。

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