泉健太氏は、立憲民主党の代表を務めたことで広く知られる政治家です。ただ、2026年現在の所属は立憲民主党ではありません。
現在は中道改革連合に所属する衆議院議員で、選挙区は京都3区。2026年2月の衆院選にも勝利し、衆議院の公式プロフィールでは当選10回となっています。
一方で、過去には国民民主党で玉木雄一郎氏とともに党運営を担った時期があり、妻や3人の子供、札幌開成高校から立命館大学へ進んだ経歴など、政治以外にも知っておきたい情報が多い人物です。
- 北海道札幌市生まれ、石狩市育ち
- 札幌開成高校→立命館大学法学部
- 2003年に衆議院議員へ初当選
- 旧国民民主党で国対委員長・政調会長を歴任
- 2021年~2024年に立憲民主党代表
- 2026年現在は中道改革連合・京都3区の衆議院議員
- 妻と3人の子供がいる
| 名前 | 泉 健太(いずみ けんた) |
|---|---|
| 生年月日 | 1974年7月29日 |
| 年齢 | 52歳(2026年9月4日時点) |
| 出身 | 北海道札幌市生まれ・石狩市育ち |
| 所属政党 | 中道改革連合 |
| 議員 | 衆議院議員 |
| 選挙区 | 京都3区 |
| 当選回数 | 10回 |
| 現在の党役職 | 中道改革連合 代議士会長 |
| 国会 | 文部科学委員会、憲法審査会 |
| 最終学歴 | 立命館大学法学部卒業 |
| 前職 | 参議院議員秘書など |
| 主な役職歴 | 内閣府大臣政務官、旧国民民主党政調会長、立憲民主党代表など |
| 公式サイト | 泉健太公式サイト |
| 公式X | @izmkenta |
衆議院の最新の議員プロフィールでは当選10回と記載されています。本人サイトには更新時期の違いから「9回」と残っているページもありますが、2026年衆院選後は10期の衆議院議員です。
泉健太は現在何党?中道改革連合の代議士会長
2026年9月現在、泉健太氏の所属は中道改革連合(略称・中道)です。立憲民主党の公式肩書だけを見ていると状況が分かりにくいところですが、衆議院も泉氏を「京都府第三区選出、中道改革連合・無所属」と掲載しています。
党内では代議士会長を務めています。中道改革連合の2026年8月19日時点の役員一覧でも、代議士会長として泉氏の名前が掲載されています。所属委員会は文部科学委員会と憲法審査会です。
泉氏は2024年9月まで立憲民主党代表を務め、その後は同党常任顧問となりました。2026年1月、立憲民主党と公明党の衆院側を中心に中道改革連合が結成され、泉氏も参加しました。
中道改革連合は、2026年1月に野田佳彦氏と公明党の斉藤鉄夫氏らが新党名を発表しました。結党時には「右か左か」という二分法ではなく、対話や生活者重視を掲げています。詳しくは中道改革連合の新党発表で読むことができます。
2026年2月の衆院選後に行われた党代表選には泉氏自身は立候補せず、小川淳也氏が階猛氏を27票対22票で破って代表に就任しました。泉氏には衆議院副議長への起用案も取り沙汰されましたが、本人は国会の前線に残る意向を示しています。
「前線に立って、仲間たちの再生に向かっていきたい」
出典:日刊スポーツ・2026年2月18日
衆院選直後の2月10日には、詳しい対象を説明せず、再出発を思わせる比喩的な短文もXへ投稿しました。
2026年8月には、立憲民主党側が中道改革連合への組織的な合流を見送ることを表明しました。現在は中道改革連合・立憲民主党・公明党がそれぞれ組織を持ちながら政策協議を行う局面にあり、泉氏はその中道改革連合側に所属しています。
泉健太の選挙区は京都3区|2026年衆院選で10期目
泉健太氏の選挙区は衆議院・京都3区です。区域は京都市伏見区、向日市、長岡京市、大山崎町で構成されています。
2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙では、中道改革連合から立候補。京都府選挙管理委員会の開票結果では、泉氏が6万8533票、自民党のしげもとまもる氏が6万2406票でした。
| 候補者 | 政党 | 得票 |
|---|---|---|
| 泉健太 | 中道改革連合 | 68,533票 |
| しげもとまもる | 自由民主党 | 62,406票 |
| 木村もとき | 日本維新の会 | 27,484票 |
| 西山のぶひで | 日本共産党 | 15,670票 |
| 樋口さとる | 参政党 | 12,951票 |
泉氏が6127票差で小選挙区を制しました。
公式結果は京都府選挙管理委員会「各種選挙の結果」から確認できます。
2000年は落選、2003年に初当選
泉氏が初めて京都3区から衆院選に出たのは2000年、25歳の時でした。この選挙では5万7536票を得たものの次点で落選します。
その後3年以上にわたって地域活動を続け、2003年の衆院選で8万4052票を獲得して初当選しました。2012年、2014年には小選挙区で敗れながら比例復活し、2016年には京都3区補欠選挙で再び小選挙区を獲得しています。
| 年 | 主な結果 |
|---|---|
| 2000年 | 京都3区で初出馬・落選 |
| 2003年 | 初当選 |
| 2012年 | 比例復活 |
| 2014年 | 比例復活 |
| 2016年 | 京都3区補欠選挙で当選 |
| 2017年 | 京都3区で当選 |
| 2021年 | 京都3区で当選 |
| 2024年 | 京都3区で当選 |
| 2026年 | 京都3区で当選・10期目 |
2026年衆院選の期間中には、高市早苗首相が支援者との握手で手を痛めたと公表した際、泉氏が党派を越えて見舞う投稿をしています。
泉健太の妻・子供は?家族構成と家系図で分かっている範囲
泉健太氏には妻と3人の子供がいます。過去に立憲民主党へ提出した本人プロフィールでは、家族について「妻、長女、長男、次女」と記載されていました。
- 妻がいる
- 子供は3人
- 内訳は長女・長男・次女
- 本人は4人きょうだいの末っ子
- 妻や子供の氏名・学校などは公式プロフィールでは公表されていない
妻の名前、年齢、職業などについては、本人の公式プロフィールや主要な一次情報で具体的な公表は見当たりません。子供についても、実名や学校を特定できるような情報は扱われていません。
公開情報から作れる「家系図」は、妻と3人の子供、泉氏が4人きょうだいの末っ子という範囲までと考えた方がよいでしょう。
実家は牧場関係の自営業
泉氏は北海道での幼少期について、実家が牧場関係の自営業だったと語っています。父親が政治好きで、子供の頃から議員事務所に連れて行ってもらったり、選挙に関心を持ったりしていたそうです。
「父がいろいろな議員を応援するのが好きでした」
出典:財界さっぽろ・泉健太インタビュー
自宅の具体的な住所は私生活にかかわるため扱いません。政治活動の問い合わせ先として公開されている京都3区事務所は、中道改革連合の議員ページに掲載されています。
札幌開成高校から立命館大学へ|政治家になるまでの経歴
泉健太氏は1974年、北海道大学病院で生まれました。3歳ごろまで札幌市北区屯田で暮らした後、石狩へ移り、高校卒業まで北海道で過ごしています。
中学校は花川北中学校、高校は札幌開成高校。中学3年の時に札幌開成高校野球部が夏の甲子園へ出場したことが、進学先を決める一因になったと本人が話しています。
「開成高校野球部が夏の甲子園に出場したんです。それを目の当たりにして、開成に進学しようと」
出典:財界さっぽろ・泉健太インタビュー
高校卒業後の1993年に立命館大学法学部へ進学しました。大学では弁論部の活動に加え、阪神・淡路大震災の被災地支援、ナホトカ号重油流出事故のボランティア、COP3関連の活動などにも参加しています。
政治との距離が一気に縮まったのも大学時代です。京都では前原誠司氏、山井和則氏、福山哲郎氏らの政治活動に接し、福山氏の選挙活動を学生として支援。1998年に大学を卒業すると、福山哲郎参議院議員の秘書になりました。
本人は政治を志した理由について、政治と国民の距離を問題として挙げています。
「政治も政治家も行政も、国民と乖離していて、ここをつながないと国民が不幸になる」
出典:泉健太本人note「政治を志した 原点は何か?」
2000年にはリクルート東京本社への採用が内定していましたが、民主党から京都3区での出馬要請を受け、就職ではなく政治の道を選びました。最初の衆院選は落選しましたが、29歳となった2003年に初当選しています。
泉健太は国民民主党だった?玉木雄一郎との関係も整理
泉健太氏は現在の国民民主党に所属している政治家ではありません。ただし、2018年から2020年まで存在した旧・国民民主党で要職を務めていたため、「泉健太と国民民主党」の関係は深いものがあります。
| 時期 | 所属・主な立場 |
|---|---|
| 2000年~ | 民主党 |
| 2016年~ | 民進党 |
| 2017年~ | 希望の党・国会対策委員長 |
| 2018年~ | 旧・国民民主党・国対委員長→政調会長 |
| 2020年~ | 新・立憲民主党・政調会長 |
| 2021年~2024年 | 立憲民主党代表 |
| 2024年~ | 立憲民主党常任顧問 |
| 2026年~ | 中道改革連合 |
玉木雄一郎氏とは旧国民民主党で代表と政調会長の関係
2018年9月の旧国民民主党役員人事では、玉木雄一郎氏が代表、泉健太氏が政務調査会長でした。政策を取りまとめる泉氏と党を率いる玉木氏という関係で、若者政策や社会保障、選択的夫婦別姓などの党内企画にも一緒に参加しています。
旧国民民主党の役員構成は旧国民民主党の公式記録にも残っています。
なぜ国民民主党から立憲民主党へ移ったのか
2020年の移籍は、現在ある政党から単独で突然離党したというより、旧国民民主党と立憲民主党の再編として見る必要があります。
旧国民民主党では2020年、立憲民主党との新党結成を進める方針が了承されました。泉氏は新党綱領案の報告にも関わり、その後に発足した新しい立憲民主党へ参加。政務調査会長に就任しました。
玉木氏は新党には参加せず、現在につながる国民民主党を別に立ち上げました。ここで泉氏と玉木氏の所属政党が分かれた形です。旧国民民主党の合流過程については旧国民民主党の両院議員総会記録にも残されています。
泉健太の政策・政治思想|「日本を伸ばす」と現実路線
泉健太氏の政策は、「保守」「リベラル」の一語だけでは整理しにくい組み合わせです。
2024年の立憲民主党代表選では「日本を伸ばす」を基本コンセプトに、国産化推進、格差是正、現実的な安全保障、教育無償化、防災・治安、多様性の6分野を掲げました。
- 国産化推進:食料・エネルギーの自給力向上
- 格差是正:税制などを通じた格差への対応
- 堅守防衛:対話外交と現実的な安全保障
- 教育無償化:給食費・学費などの負担軽減
- 安心:災害・犯罪・病への備え
- 多様性:差別や人権侵害を減らす政策
代表選時の政策は立憲民主党・2024年代表選候補者ページに掲載されています。
安全保障では「対話」と「防衛力」の両方を重視
安全保障では日米同盟を基軸としながら、対話外交、専守防衛、非核三原則を重視する立場です。2026年の選挙でも、宇宙・サイバー・ドローンなど新技術を含む防衛体制の整備を訴えています。
3月の衆議院予算委員会では、警察などが使用するドローンを取り上げ、サプライチェーンや経済安全保障を理由に国産化を求めました。
「資機材の国産化ということは非常に重要な観点」
出典:衆議院・第221回国会予算委員会会議録
現在の中道改革連合は「生活者ファースト」
現在所属する中道改革連合の基本政策では、食料品消費税ゼロ、社会保険料負担の軽減、給付付き税額控除、教育無償化の拡大、選択的夫婦別姓、現実的な外交・防衛などが掲げられています。
これは泉氏個人だけの公約ではなく、所属政党としての現在の政策です。泉氏自身の過去の「教育無償化」「多様性」「堅守防衛」と重なる部分も多くあります。
「国益にかなうか、人権が守られるものかどうか」
出典:中道改革連合・2026年3月12日予算委員会報告
生活に近いテーマでは、2026年5月に「小学校低学年の子供を親の自転車の後部に乗せられないか」という声を取り上げ、道路交通法上のルール変更を検討すると発信しました。
泉健太は何をしてきた?実績と国会での仕事
政策として「やりたいこと」と、実際に関わった仕事は分けて見る必要があります。泉氏の場合、閣内経験、議員立法、生活に近い制度改正、災害支援などに具体的な活動歴があります。
内閣府大臣政務官として防災などを担当
民主党政権下の2009年、鳩山内閣で内閣府大臣政務官に就任し、菅内閣でも再任されました。
泉氏は大学時代から阪神・淡路大震災やナホトカ号重油流出事故などのボランティア活動を経験しています。東日本大震災では、与党の震災ボランティア室で現地団体と政府の調整にも関わりました。
過労死防止、自転車制度などの議員活動
本人公式サイトでは、当事者から寄せられた声を制度へつなげた例として、次の活動を挙げています。
- 過労死等防止対策推進法の成立に向け、超党派の協力を求めて活動
- 幼児を乗せる3人乗り自転車の解禁に関する活動
- 電動アシスト自転車のアシスト比率見直し
- 学童保育、食品ロス、フードバンク、防災などの超党派議連への参加
いずれも法律や制度は多数の議員・行政・関係者によって成立・変更されるもので、泉氏の単独成果という意味ではありません。泉氏は当事者の要望を受けて国会や関係省庁へつなぐ活動を自身の政治スタイルとして掲げています。
2026年は文部科学委員会でも活動
現在は衆議院文部科学委員会の委員です。2026年4月には、同志社国際高校の研修旅行中に辺野古沖で起きた転覆死亡事故を国会で取り上げ、文部科学省と京都府による調査で経緯を明らかにするよう求めました。
本人のXにも委員会質問の様子が投稿されています。
同年3月の予算委員会では、国産ドローンの調達だけでなく、ドクターヘリの運航や整備に関わる人材・待遇なども質問しています。党首経験者でありながら、2026年は委員会質疑に直接立つ立場へ戻っているのが現在の活動の特徴です。
立憲民主党代表時代の評価と批判|2024年に代表退任
泉健太氏は2021年11月、枝野幸男氏の後任を決める立憲民主党代表選で勝利し、47歳で代表に就任しました。
代表時代に目立ったのは、政権批判だけでなく政策案を示す「政策立案型」「提案型」を前面に出したことです。2024年には衆議院3補欠選挙で立憲民主党の候補が3選挙区すべて勝利しました。
- 評価につながった点:政策提案を重視し、現実的な外交・安全保障を打ち出したこと
- 党内外で議論になった点:与党との対決姿勢をどこまで強く見せるか
- 選挙面:2024年の衆院3補選では立憲候補が全勝
- 代表退任:2024年9月の代表選で再選できず、野田佳彦氏へ交代
「提案型」は泉氏の特徴として支持される一方、野党には政府・与党をより強く追及する役割が必要だという立場から批判されることもありました。逆に2026年6月、泉氏自身はXで、根拠の薄い追及や終わりの見えない押し問答では共感は広がらないという趣旨の考えを示しています。
2024年代表選では再選を目指して出馬したものの敗れ、約3年間務めた代表を退任しました。2026年に中道改革連合の代表選が行われた際には自身は出馬せず、小川淳也氏と階猛氏の争いとなっています。
党が衆院選で大きく議席を減らした後、泉氏は「まず中道として国会論戦を行い、求心力を高める」という考えを示しました。
「まずは中道としての役割を果たすことに尽きる」
出典:日刊スポーツ・2026年2月13日
料理・野球・うさぎも|政治以外の人物像
政治経歴からは硬い印象もありますが、泉氏の公式プロフィールには料理、DIY、自転車、アウトドアが趣味として掲載されています。野球への関心も強く、高校時代まで甲子園を目指していたといいます。
本人のnoteには、自宅でチャーハンや鶏肉料理、卵焼きなどを作る様子も公開されています。家事についても「家族と協力してみんなでやります」と記しており、料理以外に食器洗いや換気扇掃除なども紹介しています。
そしてプロフィールで目を引くのがペットのうさぎです。本人のnoteでは家族を「妻と子ども3人とうさぎ」と紹介していました。2024年の立憲民主党代表選プロフィールにも、趣味のDIY・料理・野球とともに「ペットはうさぎ」と記載されています。
- 高校卒業まで野球に取り組んだ
- 料理をし、本人SNSでも手料理を紹介
- DIY、自転車、アウトドアが趣味
- ペットはうさぎ
- 大学時代から災害ボランティアに参加
泉健太の公式X・YouTubeと2026年の発信
泉健太氏の公式Xは@izmkentaです。国会活動だけでなく、政治ニュースへの反応、日常的な政策課題、地元活動なども比較的頻繁に投稿しています。
自転車の子供同乗問題を取り上げた翌日には、寄せられた意見を受けて、3輪車やタンデムなど複数の方法を検討する考えを追加で発信しました。最初の投稿を出して終わりではなく、反応を受けて具体案を広げた投稿です。
YouTubeにも「泉健太チャンネル【公式】」があり、演説や政策解説、政治情勢について本人が話す動画を公開しています。文章だけでは分かりにくい話し方や政治姿勢を知りたい場合は、公式YouTubeチャンネルも参考になります。
2026年9月時点の泉氏は、「元立憲民主党代表」だけで説明するより、中道改革連合の京都3区選出・10期の衆議院議員として国会の前線にいる政治家というのが現在の姿です。中道改革連合、立憲民主党、公明党の関係が改めて動く中でも、代議士会長として活動を続けています。

