河村たかし氏は、約15年間にわたって名古屋市長を務め、2024年に国政へ復帰した政治家です。日本保守党の共同代表として衆議院選挙に当選した後、百田尚樹氏ら党執行部との対立が表面化。2025年に離党届を提出し、2026年には新党「減税日本・ゆうこく連合」で衆院選を戦いました。
現在の所属は少し複雑です。衆議院では「無所属」、地域政党では「減税日本」代表、院内では「減税こども」代表という立場になっています。
- 衆議院議員・愛知1区選出
- 衆議院での所属は無所属
- 衆議院議員として当選7回
- 地域政党「減税日本」代表
- 衆議院「減税こども」代表
- 前名古屋市長
衆議院の河村たかし氏の公式プロフィールでも、愛知1区選出の無所属議員であり、減税日本と減税こどもの代表であることが記載されています。
河村たかしのプロフィール|77歳で衆議院議員に7回当選
| 名前 | 河村たかし(かわむら たかし) |
|---|---|
| 生年月日 | 1948年11月3日 |
| 年齢 | 77歳(2026年9月25日時点) |
| 出身地 | 愛知県名古屋市東区古出来 |
| 最終学歴 | 一橋大学商学部卒業 |
| 現在 | 衆議院議員 |
| 衆議院での所属 | 無所属 |
| 選挙区 | 愛知1区(名古屋市東区・北区・西区・中区) |
| 衆議院当選回数 | 7回 |
| 地域政党 | 減税日本・代表 |
| 院内 | 減税こども・代表 |
| 前職 | 名古屋市長、家業の古紙回収・卸売業など |
| 公式サイト | 河村たかし公式サイト |
| 公式X | @kawamura758 |
河村氏を一言で表すなら、「減税」と政治家の報酬削減を長く掲げ、国政と名古屋市政を行き来してきた政治家です。名古屋市長選には5回勝利し、市長を約15年間務めた後、衆議院へ戻りました。
河村たかしはなぜ日本保守党を離党した?百田尚樹氏との間に何があったのか
河村氏と日本保守党の関係は、2023年に始まりました。河村氏が代表を務める減税日本と日本保守党が「特別友党関係」を結び、河村氏は日本保守党の共同代表に就任します。
2024年10月には名古屋市長を退任し、日本保守党から愛知1区の衆院選へ出馬。95,613票を獲得して国政へ復帰しました。
ところが、その後は党運営や候補者選定をめぐって百田尚樹代表、有本香事務総長らとの対立が続きます。2025年9月には日本保守党側から、河村氏の共同代表からの解任と、減税日本との特別友党関係解消が通告されました。
減税日本が2025年9月30日に公表した見解では、日本保守党から「共同代表の解任」と「特別友党関係の解消」を通告されたことを明らかにしています。
「修復は不可能」
出典:TBS NEWS DIG・2025年10月1日
「ペットボトル事件」をめぐり百田尚樹氏を刑事告訴
対立の中で大きな問題になったのが、2025年4月22日に議員会館で起きたとされる出来事です。
河村氏は、百田氏からペットボトルを投げつけられ、脅迫に当たる発言を受けたと主張。2025年10月2日、威力業務妨害と脅迫の疑いで百田氏に対する告訴状を東京地検へ提出したと翌日の記者会見で説明しました。
これは河村氏側による告訴・主張であり、百田氏の刑事責任が認定されたという意味ではありません。経緯はTBS NEWS DIGの報道でも伝えられています。
2025年10月8日に離党届を提出
河村氏は2025年10月8日、日本保守党へ離党届を提出しました。会見では、党運営をめぐる対立や百田氏との関係悪化などを理由に挙げています。
「ここはもう一回旅に出る」
出典:TBS NEWS DIG・河村たかし氏離党会見
ただ、本人が離党届を出した時点と、党側が正式に処分した時点は異なります。日本保守党はその後、河村氏を2026年1月16日付で除籍処分としました。2026年衆院選を報じた共同通信も、河村氏が党運営をめぐる対立の末に除籍処分となった経緯を伝えています。
- 2023年:減税日本と日本保守党が特別友党関係、河村氏が共同代表に
- 2024年10月:日本保守党から衆院選に出馬し愛知1区で当選
- 2025年9月:共同代表解任・特別友党関係解消を党側が通告
- 2025年10月2日:百田氏への告訴状を提出したと河村氏が発表
- 2025年10月8日:河村氏が離党届を提出
- 2026年1月16日:日本保守党側が河村氏を除籍処分
河村たかしは現在何党?「減税日本・ゆうこく連合」を結成後、衆議院では無所属
日本保守党との決別後、河村氏は原口一博氏らと連携しました。2026年1月24日、原口氏とともに「減税日本・ゆうこく連合」を結成し、共同代表に就任しています。
結党時には河村氏、原口氏、竹上裕子氏、平岩征樹氏、鈴木敦氏の5人が参加し、国会議員5人という政党要件を満たしました。河村氏と原口氏は旧民主党時代、「民主党国会Gメン」で一緒に活動した関係でもあります。
「非常に思想的にも合う」
出典:スポニチアネックス・新党結成会見
2026年衆院選では愛知1区で7回目の当選
2026年2月8日の衆院選では、河村氏は「減税日本・ゆうこく連合」から愛知1区に立候補。94,339票、得票率42.5%で当選し、衆議院議員として7回目の当選となりました。
| 選挙 | 所属 | 得票 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 2024年衆院選・愛知1区 | 日本保守党 | 95,613票 | 当選 |
| 2026年衆院選・愛知1区 | 減税日本・ゆうこく連合 | 94,339票 | 当選 |
2026年選挙の候補者別得票は選挙ドットコムの愛知1区結果でも確認できます。
選挙期間中には、地元で自転車を使って活動する様子も本人のXで発信していました。
新党は衆院選後に国政政党の要件を失った
河村氏自身は当選したものの、「減税日本・ゆうこく連合」が獲得した議席は河村氏の1議席にとどまり、全国での得票率も2%未満でした。この結果、公職選挙法・政治資金規正法・政党助成法上の政党要件を失いました。
ここが「現在は何党なのか」を理解するときに重要です。2026年衆院選では減税日本・ゆうこく連合から出馬しましたが、現在の衆議院公式の所属表示は「無所属」です。
同時に、河村氏は現在も地域政党「減税日本」の代表です。衆議院では「減税こども」という会派を届け出ており、衆議院議院運営委員会でも立法事務費の交付を受ける会派として認定されています。
河村たかしは何をした?名古屋市長時代の実績
河村氏は2009年の名古屋市長選で初当選しました。その後も2011年、2013年、2017年、2021年の市長選で勝利し、2024年10月に国政へ戻るまで名古屋市政を担いました。
名古屋市の市民税5%減税
河村市政を代表する政策が市民税減税です。名古屋市では市民税の税率を一律で5%引き下げる制度が続いています。
これは選挙時の主張だけで終わった政策ではありません。名古屋市の市民税減税の公式ページによると、現在も従来の税率に対する5%減税が実施され、2025年度の減税規模は102億円と見込まれています。
河村氏が市長を退任した後も制度そのものが続いている点は、市長時代の施策を見るうえで大きな特徴です。
「減税というのが大きなインセンティブになるだろう」
出典:衆議院・2026年4月10日財務金融委員会
国政復帰後も、河村氏は名古屋市の減税を自身の政策モデルとして国会で取り上げています。
市長給与を年800万円、退職金を廃止
河村氏は「政治家自身も負担を減らすべきだ」という考えから、市長給与の引き下げを進めました。名古屋市の記者会見記録では、市長給与を年800万円とし、退職金を廃止する条例について本人が説明しています。
「私の給料を800万円にすると、それから退職金を廃止する」
出典:名古屋市・2017年6月19日市長定例記者会見
本人公式サイトでは、市長在任中に給与と退職金を合わせて約4億円を受け取らなかったと説明しています。金額の総括は本人側の集計ですが、年800万円・退職金なしという報酬制度自体は名古屋市の会見記録でも確認できる事実です。
名古屋城天守の木造復元を推進
河村市政では、名古屋城天守閣を戦前の姿に近い木造で復元する構想も強く推進しました。河村氏は国政復帰後も、本人公式サイトで「名古屋城天守本物木造復元」を政策項目に掲げています。
木造復元は完成した実績ではなく、河村市長の退任時点でも実現途中の事業です。バリアフリー対応や事業工程などをめぐって議論が続いてきたため、「河村氏が木造天守を完成させた」とするのは正確ではありません。
河村たかしの現在の政策|減税・消費税・子ども政策を重視
- 国・地方での減税
- 消費税の減税
- 積極財政
- 「一人の子も死なせない」を掲げた子ども政策
- 政治家・議員の報酬や特権の見直し
- 名古屋城天守の木造復元
- 地方分権・自治体の裁量拡大
消費税の減税と積極財政
河村氏は国政でも減税路線を継続しています。衆議院財務金融委員会では、消費税について「廃止、少なくとも減税」を主張してきました。
2026年にも財務金融委員会で継続的に質問に立っており、地方自治体の減税、財政法制、金融、企業活動などを取り上げています。
2026年6月の国会質問については、本人のXでも動画を紹介しています。
食料品の消費税をめぐる政府方針についても、本人のXで自身の考えを発信しています。
「一人の子も死なせない」を掲げる
子ども政策では、「一人の子も死なせない日本」という言葉を前面に出しています。本人公式サイトでは高校入試制度の見直しも含めて掲げており、2026年9月のXでもこのテーマを発信しています。
「副首都」構想にも関与
国政復帰後は、名古屋圏の位置付けを含む「副首都」をめぐる議論にも関わっています。2026年7月には関連法案について自身のXで発信しました。
河村たかしの経歴・学歴|家業の古紙業から国会議員、名古屋市長へ
河村氏は1948年11月3日、名古屋市東区古出来に生まれました。本人公式プロフィールによる学歴は、旭丘小学校、桜丘中学校、愛知県立旭丘高校、一橋大学商学部です。
1972年に一橋大学を卒業した後は、古紙回収・卸売業を営む家業に入りました。現在の河村商事は、古紙の選別加工販売、産業廃棄物処理、運送事業などを手掛けています。
当時の河村氏について、日本経営合理化協会の経歴紹介では、専務として経営に携わるだけでなく、営業やトラック運転などの現場も経験したとされています。その後は検察官を目指して司法試験へ挑戦し、政治家秘書などを経て政界へ進みました。
| 年 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1948年 | 名古屋市東区古出来に生まれる |
| 1972年 | 一橋大学商学部卒業、家業に従事 |
| 1990年 | 衆院選に立候補するも落選 |
| 1993年 | 衆議院議員に初当選 |
| 1996~2005年 | 愛知1区で衆院選当選を重ねる |
| 2009年 | 衆議院議員を辞職し、名古屋市長に初当選 |
| 2010年 | 地域政党「減税日本」を設立 |
| 2009~2024年 | 名古屋市長として約15年間市政を担う |
| 2024年 | 市長を退任し、日本保守党から衆院選に当選 |
| 2025年 | 日本保守党へ離党届を提出 |
| 2026年 | 減税日本・ゆうこく連合を結成、衆院選で7選 |
衆議院議員時代には国会等移転特別委員長、法務委員会野党筆頭理事などを経験。民主党時代には副幹事長、特殊法人等改革本部事務局長、「民主党Gメン」座長などを務めています。
河村たかしの妻・息子・家族は?実家は河村商事
河村氏の家族について、公に確認できる情報で中心となるのが妻の名帆子さんと長男の河村篤前(とくま)さんです。
- 妻:河村名帆子さん
- 長男:河村篤前さん
- 実家・家業:古紙リサイクルなどを手掛ける河村商事
- 篤前さん:河村商事代表取締役社長
- 名帆子さん:河村商事取締役
妻・名帆子さんは国立音楽大学卒と報じられている
妻は河村名帆子さんです。過去の家族紹介記事などでは国立音楽大学卒業と伝えられており、音楽活動をしてきたことも紹介されています。
学歴については現在の河村商事公式サイトには記載されていませんが、会社の最新の役員一覧では「取締役 河村名帆子」と掲載されています。
息子・河村篤前さんは河村商事社長
長男の河村篤前さんは、現在河村商事株式会社の代表取締役社長です。河村商事の公式会社概要でも代表者として掲載されています。
2025年には古紙業界紙「古紙ジャーナル」が河村氏と篤前氏の親子インタビューを行っており、河村氏は家業を息子が継いだことについて感謝を述べています。
娘については、今回確認できた公的プロフィールや家業の公式情報に、存在を裏付ける公表情報はありません。ネット上の推測だけで家族構成を広げることは避けたほうがよいでしょう。
河村たかしはなぜ支持されてきた?評価と批判の両方を見る
河村氏については、支持されてきた理由と、強い批判を受けた出来事の両方があります。評価を一方向に決めるのではなく、選挙結果と具体的な出来事を分けて見る必要があります。
名古屋で選挙に繰り返し勝ってきた
客観的に確認できるのは、名古屋市長選で5度当選し、国政でも愛知1区を中心に衆院当選7回という選挙歴です。
2024年に河村氏が市長を退任した後の名古屋市長選でも、河村氏が支援した広沢一郎氏が当選しました。CBCテレビは選挙後の分析で、河村氏の支持層が広沢氏の支援にまとまった可能性を指摘しています。
河村氏を長く支持してきた層にとっては、市民税減税や自身の給与削減といった数字で見えやすい政策、名古屋弁を前面に出した政治活動などが知られてきました。その一方で、発言や振る舞いが大きな批判につながった例もあります。
金メダルを噛んだ問題
河村氏の不祥事・炎上として特に知られているのが、2021年8月、東京五輪ソフトボール日本代表・後藤希友選手の表敬訪問で、本人の金メダルを突然噛んだ行為です。
選手本人の大切なメダルに無断で口を付けたことに加え、新型コロナウイルス流行中だったこともあり、批判が拡大しました。その後、メダルは交換され、河村氏は謝罪しています。
「全て河村たかしさんが悪かった」
出典:名古屋市・2021年8月16日市長定例記者会見
同年9月には、自身の給与3か月分を減額する条例案も提出されました。
大村秀章知事リコール署名偽造問題
2020年には、愛知県の大村秀章知事に対するリコール運動を支援しました。その後、提出された署名に大規模な偽造が発覚し、リコール団体の事務局長だった田中孝博氏らが刑事責任を問われました。
田中氏については名古屋地裁の有罪判決が名古屋高裁でも支持され、その後上告を断念して有罪判決が確定しています。
河村氏自身は署名偽造への関与を否定しており、河村氏が署名偽造で有罪になった事実はありません。2021年には不正を見抜けなかったことについて謝罪しています。
「指ハート」のつもりが別のハンドサインになった写真
2022年には、名古屋市内の韓国フェスティバルで女性アイドルグループと撮った写真も話題になりました。
河村氏の右手が、人差し指と中指の間から親指を出す「フィグ・サイン」の形になっており、地域によって性的・侮辱的な意味を持つことから批判が出ました。
当時、名古屋市の担当者はJ-CASTニュースの取材に対し、意図的なサインではなく、指ハートをうまく作れなかったとみられると説明しています。本人が性的な意味を込めたと裏付ける事実は報じられていません。
そのため、この件を「卑猥なハンドサインを意図的にした」と断定するのは、当時公表された説明とは一致しません。詳しい経緯はJ-CASTニュースの当時の記事で報じられています。
2026年の河村たかしは国会と減税日本の活動を続けている
2026年9月時点の河村氏は、愛知1区選出の衆議院議員として国会活動を続けています。衆議院では無所属ですが、財務金融委員会などで減税や地方財政、金融政策を取り上げています。
8月15日には靖国神社参拝と全国戦没者追悼式への出席について本人のXで発信しました。
国政だけでなく、減税日本の代表として地方政治での候補者擁立や街頭活動にも関わっています。2026年9月にも兵庫県内での活動予定を公式Xで発信しています。
2026年衆院選で使った「減税日本・ゆうこく連合」という党名と、現在の衆議院での「無所属」という表示は矛盾するものではありません。選挙後に同党が国政政党の要件を失い、現在の衆議院公式プロフィールでは無所属とされる一方、河村氏は引き続き地域政党「減税日本」と院内会派「減税こども」を率いています。

