松島みどり氏は、朝日新聞記者から政界へ転じ、法務大臣や経済産業副大臣、国土交通副大臣などを歴任してきた自民党の衆議院議員です。2026年2月の衆院選では東京14区で9回目の当選を果たしました。
一方で、夫や子供といった家族、東大時代の若い頃、法務大臣を辞任するきっかけとなった「うちわ問題」、パチンコ業界や安倍派との関係など、経歴だけでは分からない話題も少なくありません。
この記事では、松島みどり氏の家族・学歴・経歴・選挙・政策から、過去に議論となった問題、2026年10月時点の現在地までを、公的資料や本人発信をもとに整理します。
| 名前 | 松島みどり(まつしま みどり) |
|---|---|
| 生年月日 | 1956年7月15日 |
| 年齢 | 70歳(2026年10月時点) |
| 出身地 | 大阪府豊中市 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 議員種別 | 衆議院議員 |
| 選挙区 | 東京14区(墨田区・江戸川区北部) |
| 当選回数 | 9回 |
| 学歴 | 東京大学経済学部卒業 |
| 前職 | 朝日新聞記者 |
| 主な役職歴 | 法務大臣、経済産業副大臣、国土交通副大臣、外務大臣政務官、内閣総理大臣補佐官など |
| 公式サイト | 松島みどり公式サイト |
| 公式X | @matusimamidori |
松島みどりの夫・家族|結婚している?子供はいる?
松島みどり氏は結婚しており、夫がいます。夫は政治家ではない一般人で、氏名や詳しい勤務先などを本人が広く公表しているわけではありません。
国会会議録から分かるのは、松島氏が結婚後、戸籍上は夫の姓を使用していることです。2014年10月15日の衆議院法務委員会で、当時法務大臣だった松島氏は次のように答えています。
「戸籍名は馬場みどりと申します。」
出典:衆議院・第187回国会 法務委員会
「松島」は生まれたときからの姓で、政治活動では一貫して松島みどりを使用しています。2002年の国会答弁でも、結婚後は戸籍上別の姓になったことを自ら説明していました。
- 松島みどり氏は結婚している
- 戸籍上の姓は「馬場」
- 政治活動では旧姓の「松島」を使用
- 夫の詳しいプロフィールは公表情報が限られている
- 子供はいないことを本人が明らかにしている
松島みどりに子供はいない
子供については、本人が地元・墨田区の少年野球について書いたブログで明確に触れています。
「その後、結婚にはこぎつけましたが、子供を持たないままで、この夢は実現できませんでした。」
出典:松島みどり公式ブログ
朝日新聞の宮崎支局時代に高校野球を取材した経験があり、「将来、男の子ができたら野球をやらせたい」と思っていたことも同じ記事で明かしています。
自身が旧姓を使い、選択的夫婦別姓の導入を主張
松島氏にとって姓の問題は、単なる家族プロフィールではなく長年取り組んできた政治テーマでもあります。2024年には、選択的夫婦別姓の早期導入を求める経団連の提言について、自身の経験を交えて発信しました。
「私の『松島みどり』は、いわゆる旧姓」
出典:松島みどりオフィシャルブログ
松島氏は選択的夫婦別姓の導入を求める立場を示す一方、制度改正が進まない状況では、住民票やマイナンバーカード、運転免許証、パスポートなどで旧姓を使いやすくする取り組みにも関わってきたと説明しています。
松島みどりの若い頃と学歴|北野高校から東京大学へ
松島氏は大阪府豊中市で生まれ、大阪教育大学附属池田中学校、大阪府立北野高校を経て、1年間の浪人生活後に東京大学へ進学しました。
| 年 | 学歴・若い頃の出来事 |
|---|---|
| 1972年 | 大阪教育大学附属池田中学校卒業 |
| 1975年 | 大阪府立北野高校卒業 |
| 1975~1976年 | 駿台予備校で浪人生活 |
| 1976年 | 東京大学文科二類入学 |
| 1980年 | 東京大学経済学部卒業、朝日新聞社入社 |
東京大学でバトントワラーズを立ち上げた
大学時代の特徴的なエピソードが、東京大学運動会応援部での活動です。松島氏は入学した1976年、応援部にバトン部門を作ろうと自ら働きかけました。
「入学と同時に神宮球場に応援部を訪ね、『バトン部を作りたい』と申し出ました。」
出典:松島みどり本人ブログ・選挙ドットコム
同期の女子学生に勧誘のはがきを送り、仲間を集めたのが始まりでした。東京大学応援部の公式沿革にも、1976年に松島氏らがバトン部門を立ち上げた経緯が記録されています。
「筑波大学出身」という情報は正しくありません。 衆議院や首相官邸の公式プロフィールに記載されている最終学歴は、東京大学経済学部卒業です。
朝日新聞の記者として15年間勤務
1980年の大学卒業後は朝日新聞社へ入社しました。宮崎支局を経て政治部、経済部などを担当し、1995年まで記者として勤務しています。
政治家になる前から国政や経済を取材する立場にあり、1995年に自民党初の候補者公募に合格して政治の世界へ転身しました。
松島みどりの国籍は?大阪府豊中市生まれ
松島氏の国籍をめぐってさまざまな情報を目にすることがありますが、衆議院の公式プロフィールでは1956年7月に大阪府豊中市で生まれたとされています。
公職選挙法第10条では、衆議院議員の被選挙権を持つのは日本国民で25歳以上の者と定められています。松島氏は衆議院議員として9回当選しており、衆議院議員の被選挙権の前提となる日本国籍を有しています。
外国籍であるとする公的資料はなく、出身大学などと同様、ネット上の未確認情報と公式プロフィールは分けて扱う必要があります。公職選挙法の規定はe-Gov法令検索で確認できます。
松島みどりの現在|東京14区で9選、首相補佐官は2026年9月に退任
2026年10月現在、松島氏は自由民主党所属の衆議院議員です。東京14区を地盤とし、2026年2月8日の第51回衆議院議員選挙で9回目の当選を果たしました。
- 衆議院議員・9期
- 自民党・東京14区
- 党税制調査会副会長
- 党住宅土地・都市政策調査会長
- 党中小企業・小規模事業者政策調査会顧問
- 自民党東京都連会長代理
2025年10月21日には、高市内閣で内閣総理大臣補佐官(外国人政策担当)に任命されました。
就任時、本人のXでも次のように報告しています。
その後、2026年9月17日に第2次高市改造内閣が発足。首相官邸が発表した新しい補佐官名簿から松島氏は外れ、報道でも退任が伝えられました。
現在は内閣総理大臣補佐官ではありません。 本人公式サイトの一部には補佐官時代の見出しが残っていますが、同サイトの「現在の役職」は2026年9月17日時点の内容に更新され、衆議院議員を中心とした役職が掲載されています。
選挙区は東京14区|墨田区と江戸川区北部
現在の東京14区は、墨田区と江戸川区の一部で構成されます。東京都選挙管理委員会の2026年衆院選開票結果では、松島氏は109,892票を獲得しました。
| 候補者 | 政党 | 得票数 |
|---|---|---|
| 松島みどり | 自由民主党 | 109,892票 |
| ちょうなん貴則 | 国民民主党 | 49,312票 |
| くしぶち万里 | れいわ新選組 | 20,647票 |
| たん ひさし | 参政党 | 19,925票 |
| はら つとむ | 日本共産党 | 19,007票 |
内訳は墨田区68,878票、江戸川区14区41,014票でした。詳しい開票結果は東京都選挙管理委員会が公開しています。
松島みどりの経歴|記者から自民党公募1号の国会議員へ
松島氏の政治経歴は1995年、自民党が実施した初の候補者公募への合格から始まります。翌1996年の衆院選では落選したものの、2000年の衆院選で初当選しました。
| 年 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1995年 | 自民党初の候補者公募に合格 |
| 1996年 | 衆院選に出馬するも落選 |
| 2000年 | 衆院選初当選 |
| 2006年 | 外務大臣政務官 |
| 2007年 | 国土交通副大臣 |
| 2009年 | 衆院選で落選 |
| 2012年 | 衆院選で国政復帰、4期目当選 |
| 2013年 | 経済産業副大臣 |
| 2014年 | 法務大臣 |
| 2017年 | 衆議院環境委員長 |
| 2018年 | 自民党広報本部長 |
| 2019年 | 衆議院法務委員長 |
| 2021年 | 衆議院消費者問題に関する特別委員長など |
| 2024年 | 8期目当選、自民党政務調査会長代理 |
| 2025年 | 内閣総理大臣補佐官(外国人政策担当) |
| 2026年 | 9期目当選、9月に首相補佐官を退任 |
途中、2009年の衆院選で議席を失った時期もありました。2012年に国政復帰した後は大臣、副大臣、衆議院常任委員長、自民党の政策部門などで役職を重ねています。公式の経歴は衆議院議員プロフィールにも掲載されています。
「うちわ問題」とは?法務大臣を辞任した経緯
松島氏の経歴で大きく報じられたのが、2014年の「うちわ問題」です。
法務大臣在任中、選挙区内の盆踊りなどで、自身の似顔絵や政策を印刷したうちわを配布していたことが国会で取り上げられました。争点となったのは、このうちわが公職選挙法で禁止される選挙区内の有権者への「寄付」に当たるかどうかでした。
本人は「討議資料」と説明
2014年10月15日の衆議院法務委員会で、松島氏は、政策などを記した討議資料をうちわの形にしたものだという趣旨の説明をしています。そのうえで、今後の対応については明確にこう述べました。
「今後配布はいたしません。」
出典:衆議院・第187回国会 法務委員会
野党議員から刑事告発も行われ、国会審議への影響が続く中、松島氏は2014年10月20日に法務大臣を辞任しました。
「国政に停滞をもたらしている、そのことが辞任の理由だ」
出典:法務大臣辞任会見・IWJ
その後、東京地検は嫌疑不十分で不起訴
刑事事件としては、2015年1月14日に東京地検特捜部が松島氏を嫌疑不十分で不起訴処分としました。
共同通信によると、特捜部はうちわの配布自体を寄付行為と認定したものの、配布時期などから選挙での当選を目的としたものとは認められず、処罰できないと判断しました。
「辞任した」「刑事告発された」「不起訴になった」は、それぞれ別の事実です。 不起訴処分は有罪判決ではありませんが、裁判で無罪判決を受けたという意味でもありません。
松島みどりの政策・実績|何をしてきた政治家?
松島氏が長く扱ってきた政策分野には、中小企業政策、司法制度、女性の社会参加、子どもの安全、住宅政策などがあります。2025年から2026年にかけては、首相補佐官として外国人政策も担当しました。
中小企業・小規模事業者の取引環境
本人が「ライフワーク」と位置付けている分野の一つが、中小・小規模事業者政策です。
公式サイトでは、経済産業副大臣時代から経営者保証に依存しない融資を広げる取り組みを進めてきたことや、約束手形をめぐる商慣行の見直し、価格転嫁、事業承継などを掲げています。
2025年の下請法改正をめぐっても、本人は「紙の約束手形」の見直しや電子記録債権の支払期間などを自ら取り組んできた政策として紹介しています。改正制度は2026年1月から施行されています。
- 中小企業が適正な価格転嫁をできる取引環境
- 約束手形を使った長期支払いの見直し
- 経営者の個人保証に依存しない融資
- 事業承継・起業の支援
- フリーランスなど弱い立場の受注者の保護
外国人政策|日本語教育や在留制度、民泊などを担当
首相補佐官時代には外国人政策を担当しました。本人公式サイトでは、永住・帰化制度、日本語教育、民泊規制などを取り組み分野として挙げています。
2025年12月には、在留外国人への日本語教育について本人のXで発信しました。
2026年には、博士課程学生への生活費支援制度について、留学生への適用見直しを自らの取り組みとして発信しています。
外国人労働者については、受け入れの是非だけではなく、日本の生活・職場のルールを事前に教えることや、行政機関間の情報連携を進める考えも示しました。
これらは補佐官在任中に扱った政策であり、2026年9月17日の補佐官退任後の肩書きとは区別して見る必要があります。
子どもの安全と性犯罪対策
司法・子ども政策では、性犯罪歴のある人が子どもと接する職業に就く際の確認制度などを長く訴えてきました。
法務大臣や衆議院法務委員長の経験を持ち、刑法・民法を含む司法制度を政策テーマの一つとしてきた点は、松島氏の政治経歴を通して一貫しています。
文化・コンテンツ政策にも関与
舞台芸術や音楽、マンガ・アニメなどの文化・コンテンツ政策も扱っています。2026年には、音楽分野の著作権制度に関わった経緯についてXで発信しました。
松島みどりとパチンコ業界の関係は?
松島氏とパチンコ業界との関係については、過去に「パチンコ・チェーンストア協会(PCSA)」の政治分野アドバイザーに名前があったことが報じられています。
2014~2015年当時の「しんぶん赤旗」は、同協会の政治分野アドバイザー一覧に松島氏が含まれていると報じました。これは当時の所属関係についての情報で、現在も同じ役職に就いているという意味ではありません。
そもそも一般社団法人パチンコ・チェーンストア協会は、法人情報上、2020年10月に合併によって解散しています。経済産業省の法人情報サイトGビズインフォでも閉鎖が確認できます。
したがって、過去のアドバイザー歴と2026年現在の役職は分けて扱う必要があります。現在の本人公式プロフィールに、同協会の役職は掲載されていません。
派閥は安倍派だった?政治資金問題との関係
松島氏は、かつて自民党の清和政策研究会、いわゆる安倍派に所属していました。本人もブログで自らを安倍派の議員として記しています。
安倍派をめぐって政治資金パーティー収入の不記載問題が表面化した際、松島氏は2024年1月、自身についてはノルマを超えて販売した分のキックバックはなかったと説明しました。
「ノルマ以上に販売した分の資金の還流(キックバック)は、一切ありませんでした。」
出典:松島みどりオフィシャルブログ
これは松島氏本人による説明です。同じ投稿では、自身や事務所秘書が検察の取り調べを受けたことはなく、自身の政治資金団体の収支報告書修正もなかったとしています。
統一教会との関係について本人はどう説明している?
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との関係についても、松島氏自身が2024年の衆院解散時に説明しています。
本人によれば、過去の選挙で当時の都議を通じ「演説会に動員しましょうか」という提案を1度受けたものの、その場で断ったとしており、それ以外の接点はないと主張しています。
ここで公表されているのは、あくまで本人が自身の関係について説明した内容です。 本人の記述は2024年10月9日の投稿で読むことができます。
松島みどりの人物像|バトン、盆踊り、文化芸術
政治経歴とは別に、松島氏の人物像を知るうえで頻繁に登場するのが、バトントワリングと地元の盆踊りです。
東大時代には応援部のバトン部門創設に動き、50年後の2026年にも当時の仲間や後輩と記念行事に参加しています。本人公式サイトでは、現在もNPO法人日本バトントワリング協会の評議会委員長を務めるとしています。
趣味としては盆踊り、ラジオ体操、近現代史、演劇、バレエ、ミュージカル、オペラ、歌舞伎、美術鑑賞などを挙げています。地元活動でも祭りやスポーツ行事への参加を継続してきました。

