長妻昭(ながつま・あきら)氏は、年金記録問題を国会で追及して「ミスター年金」と呼ばれ、民主党政権では厚生労働大臣を務めた政治家です。
2026年には所属政党と選挙結果の両方に大きな変化がありました。立憲民主党から中道改革連合へ参加し、2月の衆議院選挙では東京27区の小選挙区で敗れたものの、比例東京ブロックで復活当選し、現在も衆議院議員を務めています。
社会保障を専門分野とし、政府や官僚組織への調査・追及を政治活動の柱としてきた政治家です。年金だけでなく、医療・介護、子育て、政治資金、個人情報保護なども継続的に扱っています。
| 名前 | 長妻昭(ながつま あきら) |
|---|---|
| 生年月日 | 1960年6月14日 |
| 年齢 | 66歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 東京都練馬区 |
| 所属政党 | 中道改革連合 |
| 議員 | 衆議院議員・10期 |
| 現在の選出 | 比例代表・東京ブロック |
| 地盤となる選挙区 | 東京27区(中野区・杉並区の一部) |
| 党役職 | 社会保障・雇用制度改革調査会 会長 |
| 国会 | 衆議院予算委員会理事など |
| 学歴 | 慶應義塾大学法学部法律学科卒業 |
| 前職 | NEC社員、日経ビジネス記者 |
| 主な役職歴 | 厚生労働大臣、衆議院厚生労働委員長、立憲民主党代表代行など |
| 公式サイト | 長妻昭オフィシャルWEBサイト |
| 公式X | @nagatsumaakira |
現在の所属や当選回数は、衆議院の議員プロフィールと中道改革連合公式プロフィールにも掲載されています。
長妻昭の選挙区は東京27区|2026年は小選挙区で敗れるも比例復活
長妻昭氏の地盤は東京27区です。中野区と杉並区の一部で構成され、2024年衆院選からこの選挙区で立候補しています。
ただし、現在の衆議院での選出区分は東京27区ではなく、「比例代表・東京ブロック」です。2026年2月8日の衆院選で小選挙区を落とし、比例代表で復活当選したためです。
2026年衆院選では80,997票で2位
東京都選挙管理委員会の開票結果では、東京27区の結果は次の通りです。
| 候補者 | 政党 | 得票数 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 黒崎祐一 | 自由民主党 | 85,249票 | 小選挙区当選 |
| 長妻昭 | 中道改革連合 | 80,997票 | 比例復活 |
| 須山隆 | 国民民主党 | 37,848票 | ― |
| 小笠原愛子 | 参政党 | 19,374票 | ― |
「長妻昭が落選した」という情報は、この小選挙区での敗北を指している場合があります。しかし、衆議院議員そのものを失ったわけではありません。比例東京ブロックで当選し、通算10期目に入りました。
選挙戦終盤には、地元での訴えを公式Xにも投稿しています。
2024年は112,388票で東京27区に当選していた
前回の2024年10月27日衆院選では立憲民主党から出馬し、112,388票を獲得して東京27区で当選しています。自民党の黒崎祐一氏は59,952票でした。結果は東京都選挙管理委員会の2024年開票結果で公表されています。
- 1996年:初出馬した東京10区で落選
- 2000年:東京7区で初当選
- 2005年:小選挙区で敗れ、比例東京で復活当選
- 2024年:東京27区で小選挙区当選
- 2026年:東京27区で敗れたが比例東京で復活当選
長妻昭は現在何党?2026年に中道改革連合へ参加
長妻昭氏は長く民主党・民進党・立憲民主党の中心的な役職を務めてきましたが、2026年1月に中道改革連合へ参加しました。
2026年9月現在、所属政党は立憲民主党ではなく中道改革連合です。党では社会保障・雇用制度改革調査会会長を務めています。
本人は参加理由として、安全保障だけでなく物価高や格差、医療・介護・年金、政治とカネを挙げています。
「中道とは『対立と分断』を超えてあくなき『対話と合意』によって一つの答えを導く手法」
出典:長妻昭公式サイト「中道改革連合に結集します!」
安全保障については、戦争へのエスカレーションを警戒し、外交を基本とする立場を強く打ち出しています。2026年衆院選でも、そのテーマを公式Xで発信しました。
長妻昭は病気?「痩せた」と言われるが病名の公表はない
長妻昭氏については「病気」「痩せた」といった情報も気にされやすいようですが、2026年9月時点で、本人や所属政党から重大な病気や療養を公表した情報はありません。
「痩せた」という話自体は最近突然出たものではありません。厚生労働大臣に就任した2009年には、週刊誌で「激やせ4キロ」と題した記事が掲載されており、国立国会図書館の書誌情報にも記録されています。
ただし、この報道の見出しだけから何らかの病気だったと判断することはできません。
本人公式サイトでは、2026年9月にも富士見台駅、新江古田駅、方南交差点などでの街頭活動や、杉並区・中野区での集会が相次いで掲載されています。少なくとも公表されている活動を見る限り、病気による政治活動休止という状況ではありません。
2026年に長妻氏が繰り返し取り上げている「病歴」は本人の病気ではなく、個人情報保護法改正をめぐる国民の病歴データの扱いについてです。この点は混同しない方がよいでしょう。
本人のXでも、氏名・住所と結び付いた病歴情報の利用について問題提起しています。
長妻昭の妻と息子|子供は3人で5人家族
長妻昭氏は結婚しており、妻と3人の息子がいます。本人が2025年に振り返った政治人生の文章でも、浪人時代に幼い息子3人を育てていたことを明かしています。
2015年の民主党代表選に際して公表されたプロフィールにも「家族:妻と息子3人」と記載されていました。
「落選中は収入がほぼゼロとなり、幼い息子三人を抱え、妻には大変つらい思いをさせてしまいました。」
出典:長妻昭公式note「これまでの人生とこれから」
妻の名前や職業は公表されていない
妻について、本人の公式プロフィールでは氏名や勤務先などの詳しい個人情報を公表していません。公式プロフィールにある趣味の一つは「妻と散歩」です。
朝日新聞の「長妻昭明記者」は息子なのか
長妻氏の息子をめぐっては、朝日新聞で記事を書いている長妻昭明記者と結び付けた情報が見られます。長妻昭明氏が朝日新聞記者として活動していること自体は、朝日新聞の記事などから分かります。
しかし、長妻昭氏本人や朝日新聞など信頼できる公開資料で、長妻昭明記者を「長妻昭氏の息子」と明記した根拠は見当たりません。同じ姓であることだけを理由に親子関係を断定することはできません。
長妻昭の学歴・経歴|練馬高校から慶應、NEC、日経ビジネスへ
長妻昭氏は1960年6月14日、東京都練馬区に生まれました。本人公式の経歴によると、祖父と父はいずれも警察官です。
| 時期 | 経歴 |
|---|---|
| 小学校 | 練馬区立開進第二小学校 |
| 中学校 | 練馬区立開進第二中学校 |
| 高校 | 東京都立練馬高校 |
| 大学 | 慶應義塾大学法学部法律学科 |
| 1984年 | NEC入社。汎用コンピューターの営業を担当 |
| 1989年 | 日経BP社入社。「日経ビジネス」記者 |
| 1996年 | 衆議院選挙に初出馬するも落選 |
| 2000年 | 東京7区で衆議院初当選 |
| 2009年 | 厚生労働大臣に就任 |
| 2012年 | 衆議院厚生労働委員長 |
| 2015年 | 民主党代表選に立候補 |
| 2017年 | 立憲民主党代表代行兼政調会長 |
| 2022年 | 立憲民主党政務調査会長など |
| 2024年 | 立憲民主党代表代行 |
| 2026年 | 中道改革連合に参加、衆院10期目 |
政治家を目指したきっかけは日経ビジネス記者時代
政治への転身につながったのは、日経ビジネスで不良債権問題や官僚機構を取材した経験でした。当時の政治・行政が問題に十分対応していないと感じたことが政治家を志す原点になったと説明しています。
「もはや官僚や既存政治家には任せておけない、自分が政治の世界に入って世直しをしよう!」
出典:長妻昭公式サイト「経歴」
記者として資料を読み、行政組織を取材していた経験は、その後の国会活動にも色濃く表れました。質問主意書や政府資料を使って行政の数字や制度上の問題を追うスタイルが、年金記録問題にもつながっていきます。
2026年の国会でも行政組織の情報収集について内閣委員会で質問し、その内容をXで発信しています。
なぜ「ミスター年金」と呼ばれる?消えた年金問題を国会で追及
長妻昭氏を全国的に知られる政治家にしたのが、いわゆる「消えた年金」「宙に浮いた年金記録」問題です。
社会保険庁が管理していた年金記録の中に、基礎年金番号へ統合されていない記録が大量に存在していました。政府答弁でも、未統合記録が約5,000万件存在することが明らかになっています。
2007年5月の衆議院厚生労働委員会では、長妻氏が5,000万件の記録について受給者側から申し出るのを待つのではなく、政府側から照合して通知するよう求めています。発言は国会会議録に残っています。
- 野党議員時代から年金記録の不備を繰り返し追及
- 約5,000万件の未統合記録を国会の大きな政治課題にした
- 2009年には厚生労働大臣兼年金改革担当大臣に就任
- 大臣就任後も年金記録回復を厚生労働省の重要課題として扱った
厚生労働大臣就任後も、年金記録問題を日本年金機構の発足によって終わったことにしない姿勢を示していました。
「年金記録問題に蓋をすることがあってはならない」
出典:厚生労働省・長妻厚生労働大臣記者会見
本人サイトが掲げる「1600万人・2.9兆円」とは
長妻氏の公式サイトでは、年金記録回復について「1600万人」「回復額2.9兆円」という数字を実績として掲げています。
年金記録の回復作業は、複数政権にまたがって政府・厚生労働省・社会保険庁・日本年金機構などが続けてきた事業です。長妻氏は、その問題を国会で追及した野党議員であり、後には担当大臣として行政側から対応する立場にもなりました。
2026年衆院選でも年金を主要テーマの一つに挙げ、将来世代の年金水準について発信しています。
長妻昭が厚生労働大臣として取り組んだこと
2009年9月、鳩山由紀夫内閣で長妻昭氏は厚生労働大臣兼年金改革担当大臣に就任しました。
年金記録問題だけでなく、民主党政権が掲げた子育て・雇用・福祉政策を担当する立場になり、厚生労働省の行政運営にも関わっています。
| 分野 | 当時の主な取り組み |
|---|---|
| 年金 | 年金記録回復、紙台帳との照合、日本年金機構との連携 |
| 子育て | 子ども手当など民主党政権の子育て支援策 |
| 雇用 | 求職者支援制度につながるセーフティーネット整備 |
| 介護 | 介護職員の待遇改善など |
| 貧困対策 | 相対的貧困率の公表など、貧困を政策課題として可視化 |
厚生労働省では2010年、男性の育児参加を促す「イクメンプロジェクト」も始まりました。当時の長妻氏の活動記録では、子ども手当、保育サービス、ワークライフバランスを組み合わせて子育て環境を改善する考えを示しています。
長妻昭の現在の政策|社会保障、政治とカネ、個人情報保護
現在も長妻氏の中心テーマは社会保障ですが、年金だけを扱っているわけではありません。現在の政策ページでは、物価高、賃金、社会保険料、医療・介護、政治改革、安全保障などを横断して掲げています。
- 社会保障:年金、医療、介護、社会保険料の負担見直し
- 物価・所得:賃上げ、減税、給付付き税額控除など
- 政治改革:企業・団体献金やパーティー券を含む政治資金改革
- 個人情報:病歴など要配慮個人情報の利用拡大への慎重姿勢
- 平和・外交:対話と外交を重視した安全保障政策
「居場所」と「出番」のある社会を掲げる
長妻氏が長年掲げている社会像は、経済成長の数字だけではなく、個人が社会とのつながりや役割を持てる状態を重視するものです。
「すべての人に『居場所』と『出番』のある社会」
出典:長妻昭公式サイト「ながつま昭が目指す社会」
企業・団体献金の禁止を主張
政治資金では、本人自身が企業・団体献金を受け取らない方針を掲げ、企業・団体献金と政治資金パーティー券を含む規制強化を主張しています。
「私自身は、企業・団体献金の禁止をなんとしても実現したい。」
出典:長妻昭公式サイト・2026年1月31日街頭演説
2026年は個人情報保護法改正を重点的に追及
2026年の国会活動で目立つのが、病歴などの要配慮個人情報を本人同意なしで利用できる範囲を広げる制度への追及です。
5月から6月にかけて内閣委員会や予算委員会で繰り返し質問し、氏名や住所と結び付いた病歴を企業側へ提供する場合のルールや、仮名化・匿名化の必要性を政府に問い続けました。2026年6月4日の予算委員会でも、高市首相らに質問しています。
このテーマはその後も地元街頭活動で取り上げており、2026年9月3日には方南交差点で関連する街頭演説を行っています。
長妻昭の評判・評価|「政策通」と厳しい国会追及の両面
長妻昭氏の政治家としての特徴は、年金・医療・介護など社会保障政策に長く関わってきた専門性と、行政資料を使った細かな国会追及にあります。
「ミスター年金」という呼称も、年金制度の専門知識だけではなく、社会保険庁の記録管理を長期間追い続けた活動から定着したものです。
国会では質問だけでなく、自席から政府・与党の答弁に声を上げる場面もあり、ヤジをめぐる応酬がニュースになることがあります。2026年6月の内閣委員会では、自民党の平将明氏が他議員のヤジを注意した直後、長妻氏が平氏に「ヤジやめてください」と返す場面がABEMA TIMESで取り上げられました。
2026年3月の予算委員会でも、与党議員が質問時間を残して質疑を終えたことに対し、予算審議をより徹底するよう求めています。こうした政府・与党に対して細部まで問い続ける姿勢は、年金問題の時代から現在まで一貫しています。
- 社会保障政策を長期間扱ってきた
- 質問主意書や行政資料を使った追及を得意とする
- 民主党政権では追及する側から厚生労働省を率いる側へ移った経験がある
- 2026年からは中道改革連合で社会保障政策を担当
- 2026年衆院選では東京27区を落としたものの比例復活し、10期目を務めている
長妻昭の人物像|警察官一家に生まれ、記者経験を政治へ持ち込んだ
長妻氏は祖父と父が警察官という家庭で育ちました。高校時代はハンドボール部やバドミントン部、大学では音楽クラブでバンド活動を経験しています。
現在の公式プロフィールでは、趣味として読書、カラオケ、妻との散歩を挙げ、愛読書にはヴィクトール・フランクルの『夜と霧』や『徳川家康』『三国志』を挙げています。
政治家になる前にNECの営業と日経ビジネスの記者を経験している点も、世襲政治家とは異なる経歴です。初出馬の1996年には落選し、約4年間の浪人生活を経て2000年に40歳で初当選しました。
その後、年金記録問題の追及、厚生労働大臣、党の政策責任者などを経て、2026年には所属政党を中道改革連合へ移しました。現在も東京27区を地盤として、中野区・杉並区で街頭演説や国政報告会を続けながら、国会では予算委員会理事として活動しています。

