小竹凱(おだけかい)の経歴は?大林組から国会議員へ|妻・家族、選挙、政策も解説

小竹凱

小竹凱(おだけ かい)氏は、国民民主党に所属する衆議院議員です。1998年生まれの石川県金沢市出身で、石川工業高等専門学校で建築を学び、大林組の施工管理の現場を経て政治の道へ進みました。

2026年9月現在は衆議院議員2期目。地元での政治活動の基盤は石川1区(金沢市)ですが、衆議院では比例代表・北陸信越ブロック選出です。20代で国政に入り、再審制度、能登復興、可処分所得、教育などを国会で扱っています。

名前小竹 凱
読み方おだけ かい
生年月日1998年5月17日
年齢28歳(2026年9月現在)
出身地石川県金沢市
所属政党国民民主党
議員種別衆議院議員
現在の選出比例代表・北陸信越ブロック
活動基盤石川1区(金沢市)
当選回数2回
現在の主な役職衆議院法務委員会理事、国民民主党石川県連代表
学歴国立石川工業高等専門学校 建築学科卒業
前職株式会社大林組
身長188cm
家族妻と2人暮らし
公式サイト小竹凱オフィシャルサイト
目次

小竹凱は現在どんな政治家?石川1区と比例北陸信越の関係

小竹氏について少し分かりにくいのが「石川1区の議員なのか、比例代表の議員なのか」という点です。

小竹氏は2024年、2026年の衆院選でいずれも石川1区から立候補しました。一方、衆議院の公式プロフィール上の選出は「比例代表(北陸信越)」です。地元活動では石川1区を基盤とし、小選挙区との重複立候補によって比例北陸信越ブロックから当選しています。衆議院の議員プロフィールでも当選2回と記載されています。

2026年9月現在の立場

国会活動だけでなく、地元や若い世代に政治を伝える活動も行っています。2026年9月には、親子を対象に国会議員の仕事などを扱った政治ミーティングについて公式Xで発信しました。

 

小竹凱の経歴|石川高専から大林組、政治家になるまで

時期経歴
2014年金沢市立高岡中学校卒業
2019年3月国立石川工業高等専門学校 建築学科卒業
2019年4月株式会社大林組に入社
2023年5月政治家を志して大林組を退職
2023年6月国民民主党石川県連青年局長
2024年6月国民民主党石川県連副代表
2024年10月衆院選で初当選
2025年5月国民民主党石川県連代表
2026年2月衆院選で2期目の当選

大学ではなく石川高専の建築学科へ

小竹氏は金沢市立米丸小学校、金沢市立高岡中学校を経て、国立石川工業高等専門学校の建築学科へ進みました。

本人のプロフィールによると、高校進学を考えた時点で「大学へ進むより早く社会に出て働きたい」という思いがあり、高校段階から専門分野を学べる高専を選びました。高専では建築の製図や模型制作に取り組む一方、野球部ではキャッチャーを務めています。

5年時には北信越地区の高専大会で優勝し、全国高専大会で3位になったと本人公式プロフィールに記載されています。

大林組で4年間勤務し、6回の転勤を経験

高専卒業後の2019年4月、ゼネコン大手の株式会社大林組へ入社しました。約4年間の在職中に6回転勤し、駅舎、オフィスビル、工場などの現場で施工管理業務に携わっています。

政治ドットコムのインタビューでは、大規模現場から、営業・施工管理・品質管理まで一人で担う「1人現場」まで経験したと説明しています。地方の建設現場では職人の深刻な人手不足に直面し、賃金や人材確保の問題を意識するようになりました。

「日本人の給料が上がらないと、この産業はもたない。」

出典:政治ドットコム・小竹凱議員インタビュー

2023年に大林組を退職して政治の道へ

建設業界だけでなく、他業界でも似た構造的な問題が起きていると考えた小竹氏は、政治から課題を変える道を選びます。

「やるなら今しかない」

出典:小竹凱オフィシャルサイト・プロフィール

2023年5月に大林組を退職。公式プロフィールでは、この決断を両親に伝えた際には大反対されたとも明かしています。翌6月に国民民主党石川県連青年局長となり、街頭活動やポスティングなどの党活動を始めました。

2025年には石川県連代表となり、参院選に向けた候補者擁立についても公式Xで発信しています。

 

小竹凱の選挙歴|2024年初当選、2026年に2期目

小竹氏が初めて国政選挙へ出たのは、2024年10月の第50回衆議院議員総選挙です。

選挙石川1区の得票小選挙区順位最終結果
2024年10月24,324票4位比例北陸信越で初当選
2026年2月48,150票2位比例北陸信越で2期目当選

2024年の石川1区では、自民党の小森卓郎氏が64,997票で当選し、小竹氏は24,324票でした。小竹氏は比例北陸信越ブロックで議席を得て国政入りしています。得票数は金沢市選挙管理委員会の2024年開票結果で確認できます。

2026年2月8日の第51回衆院選では48,150票を獲得し、石川1区では2位。再び比例北陸信越ブロックで当選しました。現在の議席は「石川1区選出」ではなく「比例北陸信越選出」という点は、プロフィールを見る際に混同しやすいところです。

2026年の得票は金沢市の開票結果、比例での当選は国民民主党の第51回衆院選結果にも掲載されています。

2026年の選挙期間には、決起集会の様子も本人の公式Xで発信されました。

小竹凱の政策|可処分所得・教育・生活基盤が3本柱

小竹氏の公式政策ページでは、大きく3つの政策分野を掲げています。以下は小竹氏が主張している政策であり、すでに実施・成立した制度を並べたものではありません。

小竹凱氏が掲げる3つの政策分野
  • 自由に使えるお金を増やす:税・社会保険料、燃料・電気料金などの負担を意識した政策
  • 「人づくり」こそ国づくり:教育費負担の軽減と教育・科学技術への投資
  • 生活と命の安心を守る:物価、年金、防災・インフラ政策

可処分所得を増やす政策

経済政策では、所得そのものだけでなく、税や社会保険料、生活コストを引いた後に残る「自由に使えるお金=可処分所得」を重視しています。

  • ガソリン・軽油価格の引き下げ
  • 安全基準を満たす原子力発電所の再稼働
  • 再エネ賦課金をめぐる負担の見直し
  • 30歳以下の所得税・住民税を軽減する「若者免税」
  • インボイス制度の廃止

大林組時代から持っていた賃金への問題意識は、国民民主党を選んだ理由にもつながっています。

「『日本人の給料を上げる』と主張していること。」

出典:政治ドットコム・小竹凱議員インタビュー

教育無償化と「教育国債」

教育では、3歳から義務教育とし、給食費や教材費を含めて高校まで完全無償化する案を掲げています。児童手当や奨学金などに設けられた所得制限の撤廃も主張しています。

もう一つが「教育国債」です。国債を財源として教育・科学技術予算を10兆円規模へ増やす構想を示しています。

小竹氏自身は5人兄弟の長男で、高専を選んだ理由の一つに学費の安さがあったとインタビューで説明しています。弟たちの教育費を考え、親への負担を抑えたいという意識があったといい、教育政策については家庭環境によって子どもの選択肢が狭くならないことを重視しています。

最低保障年金や防災・インフラ政策

年金では、現在の基礎年金部分を見直し、消費税を主な財源とする月額10万円の最低保障年金を導入する案を公式サイトで掲げています。

自然災害への備えでは、インフラの維持・計画的管理について地方自治体の裁量を強める考えを示しています。石川県選出議員として、国会では能登半島地震からの生活再建についても質問しています。

国会で何をしている?再審法改正と能登復興への取り組み

政策サイトに書かれた公約とは別に、実際の国会活動を見ると、法務分野と石川県の復旧・復興が目立ちます。2026年9月18日時点の衆議院名簿では、法務委員会の理事を務めています。

再審制度の改正を本会議・法務委員会で追及

2026年5月26日の衆議院本会議では、国民民主党・無所属クラブを代表して再審法改正案について質問しました。福井事件や袴田事件を取り上げ、長期間を要した再審手続を問題として提起しています。

「これらは現行の再審制度に深刻な構造的課題があることを示しています。」

出典:衆議院・第221回国会本会議会議録

さらに2026年6月12日には、政府提出の刑事訴訟法改正案に対して、小竹氏ほか1名が国民民主党の修正案を提出しました。衆議院法制局の審議経過では、この国民民主党修正案は可決とは記載されておらず、別の修正案が可決されています。

そのため、「小竹氏が再審法改正を一人で実現した」とするのではなく、代表質問や修正案提出を通じて制度改正の議論に関与したというのが実際の経過です。修正案の提出記録は衆議院法制局・第221回国会衆法情報に掲載されています。

能登半島地震では「住まいの復興」を質問

2026年3月3日の衆議院予算委員会では、能登半島地震後の被災者生活再建支援金を取り上げました。建築資材の高騰や人手不足も踏まえ、支援対象からこぼれる現役世代の世帯などについて政府へ質問しています。

「一番には住まいの復興、ここなしでは何事も進めることはできません。」

出典:衆議院・第221回国会予算委員会会議録

2026年8月には国民民主党石川県連の所属議員と和倉港を訪れたことも公式Xで発信しています。

小竹凱の妻・結婚・兄弟・両親は?

家族について公表されていること
  • 公式プロフィールでは「妻と2人暮らし」
  • 2025年6月の国会発言で、約2年半前に結婚したと説明
  • 妻は栄養士として働いていたと本人が国会で説明
  • 小竹氏は5人兄弟の長男
  • 政治家を目指す決断を伝えた際、両親から反対されたと公表

妻は栄養士として働いていた

本人公式プロフィールでは、家族欄に「妻と2人暮らし」と記載されています。妻の氏名や顔写真などは、同プロフィールでは公表されていません。

妻については、2025年6月17日の衆議院法務委員会で小竹氏自身が詳しく触れています。当時「二年半ほど前に結婚」と述べ、妻が結婚に伴って小竹姓へ改姓したこと、栄養士として働き、結婚後もしばらく職場などでは旧姓を使用していたことを説明しました。

「結婚を機に、こういった課題があるのか」

出典:衆議院・第217回国会法務委員会会議録

この発言は、婚姻後の姓や旧姓使用をめぐる参考人質疑の中で、自身の家庭で経験した手続上の問題を紹介したものです。

5人兄弟の長男として金沢で育つ

小竹氏は5人兄弟の長男です。公式プロフィールでは、子どもの頃に父親とのキャッチボールをきっかけに野球を始めたエピソードも紹介されています。

政治家への転身を決めて両親へ報告したときは大反対されたものの、その後、大林組へ退職届を提出しました。両親や兄弟の氏名・職業については、公式プロフィールでは詳しく公表されていません。

身長188cmで野球部主将|小竹凱の人物像

小竹氏の身長は、本人公式プロフィールで188cm、体重82kgと公表されています。中学校入学時は160cmだったものの、卒業時には182cmまで伸びたというエピソードもあります。

小学生では学童野球クラブのキャプテン、中学校でも野球部のキャプテンを務め、ともに県大会へ進出。石川高専ではキャッチャーとしてプレーしました。

趣味は読書とスポーツ観戦、尊敬する人物は元プロ野球監督の野村克也氏。座右の銘には「金を残すは三流、名を残すは二流、人を残すは一流」を挙げています。

初当選後、国会で最初に法務委員会の質問へ立った際には、当時26歳という立場から世代について次のように語りました。

「未来に責任を持てる若い世代こそ立法に携わり」

出典:国会会議録検索システム・第216回国会法務委員会

2026年9月には、2024年衆院選で初当選した世代が今後の党を担う必要があるという趣旨の発信もしています。

小竹凱の「タンクトップ街宣画像」は本物?AI生成と判定

2026年1月、小竹氏がタンクトップ姿で雪の中を街頭演説しているように見える画像がSNSで拡散しました。

このタンクトップ姿の画像について、日本ファクトチェックセンター(JFC)はAIで生成された画像と判定しています。

JFCの検証記事によると、拡散画像にはGoogleの生成AI「Gemini」による生成を示す透かしがあり、小竹氏本人が公式Xへ投稿した実際の街頭活動写真が元になったとされています。

こちらが、検証で参照された小竹氏本人の実際の投稿です。

したがって、SNS上で広まった「タンクトップ姿で街宣していた」という画像を実際の服装として扱うのは事実と異なります。

小竹凱の事務所・公式サイト・SNS

小竹氏は東京の国会事務所と金沢事務所を置いています。住所や電話番号などの最新情報は本人公式サイトの問い合わせページで案内されています。

国会事務所衆議院第二議員会館208号室
金沢事務所石川県金沢市長町2丁目7-13
公式サイト小竹凱オフィシャルサイト
国民民主党プロフィール国民民主党・小竹凱
公式X@odake_kokumin
Instagram@odake_kokumin

2026年9月時点では、衆議院法務委員会理事として国会審議に参加する一方、国民民主党石川県連代表として金沢・能登を含む県内活動も続けています。国会での発言は衆議院の会議録、日々の活動は本人の公式Xから追うことができます。

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