天畠大輔(てんばた・だいすけ)氏は、重度の身体障がいがあり、「あ、か、さ、た、な話法」で意思を伝えながら活動する参議院議員です。研究者、介助事業所の運営者を経て2022年の参議院選挙で初当選し、2026年8月からは「いのちの党」の共同代表を務めています。
妻や結婚について公表されているのか、国会で隣にいる介助者は誰なのか、なぜ本人が話さず秘書や介助者が代読するのか。14歳で重い障がいを負った医療事故、大学・大学院での研究、参院選の「特定枠」、現在取り組む政策まで順に見ていきます。
- 1981年12月29日生まれ、広島県呉市出身
- 14歳のときの医療事故後、四肢麻痺・視覚障がい・嚥下障がい・発話障がいが残る
- 介助者と「あ、か、さ、た、な話法」を使って意思疎通する
- ルーテル学院大学卒業、立命館大学大学院で博士(学術)取得
- 研究・障がい福祉事業を経て、2022年参院選の全国比例・特定枠で初当選
- 2026年現在は参議院議員1期目、いのちの党共同代表
| 名前 | 天畠大輔(てんばた だいすけ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1981年12月29日 |
| 年齢 | 44歳(2026年9月19日時点) |
| 出身地 | 広島県呉市 |
| 所属政党 | いのちの党 |
| 現在の役職 | 参議院議員、いのちの党共同代表 |
| 選出 | 比例代表(全国) |
| 当選回数 | 1回 |
| 初当選 | 2022年7月・第26回参議院議員通常選挙 |
| 任期満了 | 2028年7月25日 |
| 学歴 | ルーテル学院大学卒業、立命館大学大学院博士課程修了 |
| 学位 | 博士(学術) |
| 公式サイト | 参議院議員 天畠大輔 公式サイト |
| 公式X | @skyfarm1229 |
天畠大輔に妻はいる?結婚・子供について公表されていること
天畠大輔氏の妻や結婚については、情報の出どころを分けて見る必要があります。
2026年9月19日時点で、本人公式サイト、参議院プロフィール、いのちの党公式プロフィールには、妻・配偶者や現在の婚姻状況についての記載がありません。
信頼できる一次資料や本人発信から「既婚」「独身」のどちらかを断定できる状態ではないため、ネット上にある結婚状況についての断定はこの記事では採用しません。子供についても同様に、本人が公表している確かな情報は見当たりません。
公表資料から分かるのは「配偶者について記載されていない」というところまでです。妻がいる、離婚歴がある、現在独身である、といった情報を根拠なく補うことはできません。
母親は「あかさたな話法」が生まれるきっかけになった
家族について具体的に本人が語っているのが両親です。特に母親は、医療事故後に意思を伝えられなくなった天畠氏とのコミュニケーションを取り戻す過程で大きな役割を果たしました。
天畠氏が2008年に第43回NHK障害福祉賞の優秀賞を受賞した手記によると、母親が五十音を一つずつ読み上げ、天畠氏がわずかな身体の動きで反応する方法を試しました。最初に伝わったのは、空腹を示す「へ・つ・た」という三文字でした。
「私の言いたいことが初めて母に伝わった瞬間でした。」
出典:NHK厚生文化事業団「『あ・か・さ・た・な』で大学に行く」
父親についても、大学受験時に介助に慣れた父親が面接へ付き添ったことを同じ手記で明かしています。両親の氏名や職業など、本人が広く公表していない情報まで推測する必要はありません。
天畠大輔の介助者は誰?「あ、か、さ、た、な話法」の仕組み
天畠氏の横で言葉を読み上げる人物を見て、「この人が専属の通訳者なのか」と疑問に思うことがあります。
天畠氏の介助者・通訳者は特定の1人ではありません。本人公式プロフィールでは、これまでに何百人もの人が介助に関わり、「あ、か、さ、た、な話法」を習得してきたと説明しています。
- 介助者・通訳介助者:本人の腕の動きなどから「あ、か、さ、た、な話法」を読み取り、言葉として伝える
- 秘書:事前に本人が作成した質問原稿などを代読する
- その場で答弁を聞いて再質問したいときは、通訳介助者とのリアルタイムの意思疎通を使う
本人公式サイトの対談には「斎藤(介助者)」「黒田(秘書)」と役割付きで登場する例があります。ただし、これはその場で担当した人を示すもので、すべての国会活動を1人の介助者が担当しているわけではありません。
あかさたな話法は腕の合図で一文字ずつ決める
天畠氏は発話障がいがあり、自分の口だけで会話を進めることが困難です。そこで介助者が五十音を読み上げ、本人の腕の動きを利用して文字を選びます。
- 介助者が「あ・か・さ・た・な……」と五十音の各行を読み上げる
- 本人が目的の行で介助者の腕を引く
- 選んだ行の「た・ち・つ・て・と」のような各文字を読み上げる
- 目的の文字で再び腕を引き、一文字を確定する
単語や語尾を介助者が先読みすることもありますが、本人公式サイトでは、候補が合っているかを必ず天畠氏へ確認するルールにしていると説明されています。視線入力やスイッチ式の意思伝達装置も試したものの、視覚障がいや不随意運動との関係から実用には至らず、この方法を使い続けています。
詳しい手順は、本人公式プロフィールの「私のコミュニケーション方法」で図解されています。
国会では「秘書の代読」と「本人のリアルタイム発言」を組み合わせる
国会質問のすべてを一文字ずつ組み立てると非常に長い時間が必要です。そのため、事前に準備した原稿は秘書が代読し、政府答弁を聞いた後の再質問やコメントでは「あ、か、さ、た、な話法」を使う方法が採られています。
当初、参議院厚生労働委員会では「あ、か、さ、た、な話法」を使っている時間を「速記止め」とし、インターネット中継の音声も止まっていました。協議後、2023年の第212回国会からは、速記停止中も中継音声が流れる運用へ変更されています。
経緯は本人公式サイトの国会運用に関する活動報告でも説明されています。
2022年には、自身への批判と差別を一括りにしないことや、合理的配慮について対話することにもXで言及しました。
「介助や通訳は、医療に付随する二次的なサービスなどではなく、障害者にとって命綱そのものです。」
出典:国会会議録・参議院厚生労働委員会(2023年5月30日)
14歳の医療事故で何があった?障がいと「知能」をめぐる情報
天畠氏の生活が大きく変わったのは1996年、14歳のときです。
本人公式年表では、イギリス留学中の体調不良で帰国後、当初はストレスによる精神疾患や過換気症候群と診断され、その後「若年性急性糖尿病」と診断されたと記されています。インスリン投与後の処置をめぐる医療事故で約20分の心停止となり、ICUへ搬送されました。
約3週間の昏睡状態を経て意識が戻りましたが、四肢麻痺、発話障がい、視覚障がい、嚥下障がいなどが残り、24時間の介助を必要とする生活になりました。
医療事故が起きた病院名は、本人公式プロフィールや参議院プロフィールでは公表されていません。
1996年12月に転院した「千葉県立リハビリテーションセンター」は公式年表に実名で出ていますが、こちらは事故後のリハビリ・教育のために移った施設です。医療事故が発生した病院と混同しないよう注意が必要です。
「知能」について本人が公表している内容
発話が困難であることと、本人が考えたり理解したりする能力は同じ問題ではありません。
天畠氏は2008年のNHK障害福祉賞の手記で、知的な障がいはないと自ら記しています。同時に、医療事故直後には医師から植物状態が続き、知的レベルも低下しているとの診断を受けたものの、母親は本人の反応からその診断に疑問を持っていた経緯も明かしました。
その後、本人は大学へ進み、立命館大学大学院で博士号を取得しています。現在公表されているプロフィールは、四肢麻痺・視覚・嚥下・発話などの障がいを記載していますが、IQなどの数値を公表しているわけではありません。
2026年4月には、千葉大学医学部附属病院や、かつて通った学校に関係する場所を訪れた様子を本人のXでも発信しています。
天畠大輔の学歴・経歴|研究者から国会議員になるまで
障がいを負った後、天畠氏は特別支援学校を経て大学進学を目指しました。現在の政治活動につながる介助、障がい者の社会参加、意思決定と通訳者の関係は、議員になる以前から研究してきたテーマです。
| 時期 | 主な経歴 |
|---|---|
| 2000年3月 | 千葉市袖ヶ浦養護学校高等部を卒業 |
| 2004年4月 | ルーテル学院大学へ入学 |
| 2005年4月 | 社会福祉学科へ編入し、社会福祉・介護を学ぶ |
| 2006年 | 障がい学生を支援するLSS(ルーテル・サポート・サービス)を設立 |
| 2008年9月 | ルーテル学院大学卒業 |
| 2010年4月 | 立命館大学大学院先端総合学術研究科へ進学 |
| 2015年9月 | 重度訪問介護を利用し東京都内で一人暮らしを開始 |
| 2017年10月 | 指定障害福祉サービス事業所「Dai-job high」を設立、代表取締役就任 |
| 2019年3月 | 立命館大学大学院博士課程修了、博士(学術)取得 |
| 2019年4月 | 日本学術振興会特別研究員(PD)として中央大学で研究 |
| 2020年3月 | 一般社団法人わをん設立、代表理事就任 |
| 2022年7月 | 第26回参議院議員通常選挙で初当選 |
| 2026年8月 | いのちの党共同代表に就任 |
大学入学まで約4年かかった
特別支援学校高等部を卒業したのは2000年でしたが、ルーテル学院大学への入学は2004年です。複数の大学へ受験について相談しても、重い障がいや受験時の配慮を理由に受験自体が実現しないケースがありました。
ルーテル学院大学では一度受験に失敗した後、1年間の聴講を経て再受験。入試では問題の読み上げ、回答の記入、個別面接、試験時間の延長などの配慮を受けました。
大学では、自身の介助を学生の個人的な善意だけに頼ることの限界を感じ、LSSを設立。後に大学公認の支援団体へ成長しました。
博士論文では「通訳者・介助者との協働」そのものを研究
大学院では、発話が困難な重度身体障がい者と「通訳者」との関係、文章作成や意思決定における協働などを研究しました。
2019年に博士(学術)を取得し、日本学術振興会特別研究員として研究を継続。本人公式サイトには、介助者・通訳者をテーマとした複数の論文も掲載されています。
- 『声に出せない あ・か・さ・た・な――世界にたった一つのコミュニケーション』
- 『〈弱さ〉を〈強み〉に――突然複数の障がいをもった僕ができること』
- 『しゃべれない生き方とは何か』
天畠大輔はなぜ議員になれた?2022年参院選の「特定枠」
天畠氏は2022年、第26回参議院議員通常選挙で、当時のれいわ新選組から全国比例に立候補しました。
立候補は「特定枠」の優先順位1位。参議院比例代表の特定枠は、政党が一部候補について優先的に当選させる順位をあらかじめ設定できる制度です。
そのため、一般の比例候補のように個人名得票の多い順だけで議席を争ったのではありません。れいわ新選組に配分された比例議席のうち、特定枠候補として優先され、初当選しました。
| 選挙 | 第26回参議院議員通常選挙 |
|---|---|
| 投票日 | 2022年7月10日 |
| 選挙区 | 比例代表(全国) |
| 当時の所属 | れいわ新選組 |
| 名簿 | 特定枠・優先順位1位 |
| 結果 | 初当選 |
本人が語った立候補の理由
天畠氏は、障がいを理由に進学、介助、自立生活、就労などで選択肢を狭められてきた経験を立候補理由として挙げています。
「だから、私は国会議員になって、誰にでも『居場所のある社会』をつくりたい。」
出典:いのちの党・天畠大輔プロフィール
2025年にはXでも、障がい者が議員になることを単純な「努力すればできる」という物語にしないことについて発信しました。
天畠大輔の政策|介助付き就労・優生保護法・医療的ケアなど
天畠氏の政策は、自身が長く研究・利用してきた介助制度だけではありません。本人公式サイトの政策ページでは、優生思想、ヘルパー制度、精神保健医療福祉、医療的ケアなどを主要テーマとして整理しています。
介助を受けながら働き、学べる制度へ
中心的な政策の一つが、重度訪問介護を利用する人の就労・就学・政治参加です。
重度訪問介護は日常生活や外出を支える制度ですが、就労中などには利用上の制限があります。天畠氏自身も研究者として働く中で、生活中は使える公的介助が仕事に入ると使えなくなる問題を経験してきました。
2025年には木村英子参院議員とともに、就労・就学・政治活動を制限する厚生労働省告示523号の撤廃を求める要望書を厚生労働大臣へ提出。2026年4月の予算委員会では、生活時と就労時に別制度を使うことで自己負担が重なる問題を高市早苗首相に質問しました。
「負担感、と気持ちの問題にしないでください。」
出典:天畠大輔公式サイト・2026年4月7日予算委員会質疑
2026年2月には首相指名後に高市首相と直接話す機会があり、障がい福祉の制度や、障がいの有無にかかわらず学び働ける環境について伝えたことをXで報告しています。
旧優生保護法の被害救済と「優生思想からの脱却」
旧優生保護法の問題も継続して国会で取り上げています。2024年7月、最高裁大法廷が旧優生保護法を違憲と判断した後は、被害者への補償や原因究明、再発防止をめぐる議論に参加しました。
本人の政策ページでは、強制不妊手術など過去の被害への補償にとどまらず、障がいや病気のある人を能力や生産性によって選別する考え方そのものを政策課題に位置付けています。
最高裁判決後、岸田文雄首相が原告らと面会した際には、本人のXで補償制度や立法上の課題について発信しました。
医療的ケア児者を「家族」だけでなく本人中心の制度へ
医療的ケアが必要な子どもが成人した後の生活や、重症心身障がい者の社会参加も扱っています。
2026年には超党派医療的ケア児者支援議員連盟の一員として法改正の議論に参加し、子どもだけでなく成人後の生活、就労、住居なども対象とする支援のあり方を議論しました。
「あくまでも本人を中心に据えた支援のあり方をより強調すべきだ」
出典:天畠大輔公式サイト・2026年7月14日厚生労働委員会質疑
精神医療・入院時の介助・災害時支援
精神科病院での身体拘束や虐待、退院支援、障がい者が入院した際に普段の介助者が付き添える仕組みなども国会で取り上げています。
災害分野では、単に「障がい者」「高齢者」と属性で分けるだけでなく、移動、情報取得、医薬品、医療機器など、避難時に実際に必要となる支援から制度を設計する考え方を政府に求めています。
障がい福祉以外では核兵器禁止条約にも取り組む
天畠氏は障がい福祉だけを扱っているわけではありません。父方の祖母が被爆者で、自身を被爆3世と位置付けています。
2025年3月にはニューヨークの国連本部で行われた第3回核兵器禁止条約締約国会議と関連会合に参加。日本政府に同条約へのオブザーバー参加などを求めてきました。2026年8月にも被爆81年をテーマとする国会議員討論会へ登壇しています。
この活動は本人公式サイトの核兵器禁止条約締約国会議の活動報告でも詳しく紹介されています。
天畠大輔が実際にやったこと|国会活動で変わった仕組み
政策として「実現したいこと」と、すでに本人が関わった具体的な仕事は分けて見る必要があります。
| 時期 | 具体的な活動・変化 |
|---|---|
| 2022年 | 参院選の比例政見放送で「あ、か、さ、た、な話法」の通訳と原稿代読を求めて交渉。総務省が実施規程を変更し、通訳・代読を使った収録が可能になった |
| 2022年~ | 国会質疑で秘書の代読と「あ、か、さ、た、な話法」を組み合わせる方式を導入 |
| 2023年 | 参議院厚生労働委員会で、本人が「あ、か、さ、た、な話法」を使う「速記止め」中にもネット中継の音声が流れる運用へ変更 |
| 2024年 | 旧優生保護法問題の被害者救済をめぐる超党派の議論などに参加 |
| 2025年 | 木村英子議員らと重度訪問介護の就労・就学・政治活動の利用制限見直しを政府へ要望 |
| 2025年 | 核兵器禁止条約第3回締約国会議と関連会合に参加 |
| 2026年 | 超党派医療的ケア児者支援議員連盟の一員として、成人後を含む支援制度の法改正議論に参加 |
政見放送について、2022年の開票センターで天畠氏自身が当時の経緯を説明しています。
「交渉の結果、総務省が実施規程を変更しました。」
出典:れいわ新選組・2022年参院選開票センター会見
ここで挙げた制度変更や法改正は、天畠氏だけで決めたものではありません。国会、行政、他の国会議員、当事者団体などとの協議を経て進んだものです。その中で、本人が当事者・議員として具体的に交渉、質疑、要望、法案議論へ参加した部分が天畠氏の国会活動として確認できます。
2026年現在は「いのちの党」共同代表|れいわ新選組との関係
天畠氏は2022年の参院選ではれいわ新選組から立候補しました。その後、2026年8月に大きな変更がありました。
れいわ新選組は2026年8月6日の臨時総会などを経て、党名を「いのちの党」へ変更。略称を「いのち」としました。天畠氏の公式年表には同月、「いのちの党に党名変更 共同代表就任」と記載されています。
天畠氏がれいわ新選組を離党して別の政党へ移籍した、という形ではありません。
れいわ新選組自体が2026年8月に党名を「いのちの党」へ変更したものです。現在の党公式プロフィールでは、天畠氏を「共同代表 / 参議院議員」と掲載しています。
なお、参議院ウェブサイトの議員一覧・プロフィールには、2026年9月時点でも所属会派の略称として「れ新」「れいわ新選組」が残るページがあります。党公式および本人公式では、すでに「いのちの党」への党名変更が公表されています。
参議院議員としては比例代表選出・1期目で、参議院の議員一覧に掲載された任期満了日は2028年7月25日です。
2026年8月には障がい者団体と首相面会へ
党名変更後の活動では、2026年8月27日、障がい者団体の代表者らと高市首相が面会した際に、いのちの党共同代表として天畠氏も同席しました。防衛費増額や武器輸出をめぐる懸念について、障がいのある当事者らの手紙114通を収めた冊子が首相へ渡されています。
2026年の通常国会でも、介助付き就労、医療的ケア、優生思想、障害年金、災害時支援などを取り上げており、研究者時代から扱ってきた「介助を必要とする人が自分で生活・学習・仕事を選べる仕組み」を国会で制度問題として扱う活動が続いています。

