岩谷良平(いわたに・りょうへい)氏は、日本維新の会に所属する衆議院議員です。大阪府議会議員から民間企業の経営者を経て国政へ進み、日本維新の会の幹事長も経験しました。
岩谷氏については、岩谷産業との関係や父親・兄弟・妻などの家族構成のほか、カフェチェーン社長時代の経歴、吉村洋文氏との関係、大阪万博誘致への関与なども関心を集めています。
2026年2月の衆議院選挙では大阪13区で3選。この記事では、公表されている経歴と本人の発言をもとに、岩谷氏がどのような道を歩み、政治で何を目指しているのかを紹介します。
岩谷良平と岩谷産業の関係は?創業者の親族なのか
岩谷良平氏と、カセットこんろや産業ガスで知られる岩谷産業株式会社は、名字が同じです。しかし、両者に親族関係があるとする公表資料は確認されていません。
岩谷産業は1930年に岩谷直治氏が創業した企業で、現在はLPガス、産業ガス、水素エネルギー、生活関連商品など幅広い事業を手がけています。
- 岩谷良平氏:日本維新の会所属の衆議院議員
- 岩谷産業:岩谷直治氏が創業したエネルギー関連企業
- 親族関係:公表資料による裏付けなし
- 勤務・役員歴:岩谷氏の公式経歴には岩谷産業での勤務歴や役員歴の記載なし
岩谷産業の創業者・岩谷直治氏の紹介や、岩谷良平氏の日本維新の会公式プロフィールには、両者の血縁関係を示す情報は掲載されていません。
同じ名字という理由だけで、岩谷産業の創業家やその子孫と断定することはできません。
一方、血縁関係がないことを証明する資料も示されていません。公表されている情報では、両者の関係は不明というのが現状です。
岩谷良平の父親・兄弟・妻・子供など家族構成
岩谷氏は、妻と子供がいることを本人のプロフィールで明らかにしています。2015年の結婚や第一子の誕生についても、自身の言葉で紹介しています。
妻とは2015年に結婚
本人が2021年に公開した詳細プロフィールには、2015年に結婚したと記載されています。
当時は大阪都構想をめぐる住民投票が行われていた時期でした。岩谷氏は、その住民投票が終わるのを待って結婚したという経緯を説明しています。
妻の氏名や職業、年齢などについては、確認した主要な公式資料では紹介されていません。
子供は2021年時点で1人
2021年のプロフィールでは、家族構成を「妻・子一人(1歳)」と公表しています。
同じプロフィールでは、39歳で第一子を授かったことも明かしました。
その後、2020年には経営者としての仕事から政治の世界へ復帰しています。岩谷氏は、経営を通じて感じた日本の将来への危機感や、大阪都構想の再挑戦への思いを復帰の理由に挙げています。
子供の性別や現在の人数については、新たな公表情報が確認できていないため、2021年当時の情報と区別する必要があります。
父親・母親・兄弟の情報は?
父親・母親の名前や職業、兄弟の人数・続柄などは、本人の主要な公開プロフィールでは明らかにされていません。
特に父親について、岩谷産業の創業家との関係を示す資料はありません。弟や兄などの存在についても、確認済みの情報から具体的な家族構成を断定することはできません。
政治家一家として親の選挙地盤を継承したという経歴も、公表されていません。岩谷氏本人は、大阪維新の会の候補者公募に応募して政治活動を始めたと説明しています。
岩谷良平のプロフィール|年齢・出身地・現在の役職
岩谷氏は、法律の専門職、地方議員、企業経営者という経験を持つ維新の国会議員です。大阪の行政改革に携わった後、国政では経済成長や地方分権、副首都構想などを主要な政策課題としています。
| 名前 | 岩谷良平 |
|---|---|
| 読み方 | いわたに りょうへい |
| 生年月日 | 1980年6月7日 |
| 年齢 | 46歳(2026年10月13日時点) |
| 出身地 | 大阪府 |
| 所属政党 | 日本維新の会 |
| 現在の公職 | 衆議院議員 |
| 選挙区 | 大阪13区(東大阪市) |
| 衆議院当選回数 | 3回 |
| 国政初当選 | 2021年 |
| 主な政治経歴 | 大阪府議会議員、日本維新の会幹事長 |
| 前職 | 行政書士、米国カフェチェーン日本本部社長 |
| 公式サイト | 岩谷良平公式サイト |
| 公式X | @Iwatani_Ryohei |
出典:衆議院公式議員プロフィール、日本維新の会公式プロフィール
2026年10月時点では衆議院議員として3期目を務めています。なお、日本維新の会の幹事長は過去に経験した役職であり、現在の肩書ではありません。
岩谷良平の学歴と経歴|金蘭千里高校から早稲田大学へ
岩谷氏は大阪府で生まれ育ち、法律家を目指して早稲田大学法学部へ進学しました。大学卒業後には法科大学院で学び、行政書士として独立しています。
高校は金蘭千里高校|成績下位から受験勉強へ
出身高校は、大阪府吹田市にある金蘭千里高校です。
2010年に公開した本人のブログでは、高校2年生までの成績が学年の下位だったことを率直に紹介しています。
大学受験を意識するようになった高校3年生当時については、次のように振り返っています。
「高3になり、周りが受験モードになりさすがにやばいと思い」
出典:岩谷良平オフィシャルブログ「岩谷良平です。よろしくお願いします!」
国語、英語、日本史を中心に勉強し、第一志望だった早稲田大学法学部に合格しました。
早稲田大学法学部と京都産業大学大学院を修了
1999年に早稲田大学へ進学し、2003年に法学部を卒業しました。
その後、京都産業大学大学院法務研究科で法律を学び、法務博士(専門職)を取得しています。
司法試験にも挑戦しましたが、本人によると、わずか1点差で合格に届かなかった経験がありました。
法科大学院時代には院生委員会を立ち上げ、委員長を務めました。教育環境の改善を大学院側へ働きかけ、学生の意見をまとめる活動に取り組んだと語っています。
会社員を経て行政書士として独立
大学院修了後は会社員として働き、その後、行政書士事務所を開業しました。
本人の経歴紹介によると、100万円を借り入れて独立。当初は経済的に厳しく、友人宅に身を寄せた時期もありました。
行政手続きを通じて個人や中小企業を支援するなかで、行政の非効率や制度上の不便を感じるようになります。
2010年のブログには、行政書士として活動していた頃の思いが記されています。
「行政に無駄・不便が多くあることに気づきながらそれを変える手立てがなく、歯がゆい思いをしました。」
出典:岩谷良平オフィシャルブログ・2010年の自己紹介
岩谷良平はカフェチェーンの元社長?民間企業での仕事
岩谷氏の経歴には、アメリカ発のカフェチェーンを日本で展開した経営者時代があります。
2015年に大阪府議会議員を退任した後、民間ビジネスの世界に戻りました。本人によると、アメリカへ何度も渡り、数多くのカフェやレストランを視察したといいます。
その中で魅力を感じたカフェチェーンなどと交渉し、日本での事業展開に関わりました。
- 2015年に大阪府議会議員を退任
- 民間ビジネスで起業
- アメリカの飲食・カフェ市場を視察
- 米国カフェチェーンの日本展開に関与
- 日本本部の代表・社長を経験
- 2020年に国政進出を目指して経営から離れる
日本維新の会や衆議院の公式プロフィールにも、「米国カフェチェーン日本本部元社長」という経歴が掲載されています。
ただし、今回参照した公式プロフィールには、カフェチェーンの具体的なブランド名、店舗数、売上高などの詳細は示されていません。
その後、岩谷氏は再び大阪維新の会の候補者公募に応募。2020年から東大阪市で国政進出に向けた政治活動を始めました。
岩谷良平がやったこと・実績は?大阪万博や維新の改革
岩谷氏の政治活動では、大阪府議時代の条例づくり、大阪万博誘致への提言、国政での副首都法案の審議などが主な取り組みとして挙げられます。
2011年に大阪府議会議員へ初当選
岩谷氏が初めて選挙に立候補したのは2011年です。大阪維新の会の候補者公募を経て、大阪市東成区から大阪府議会議員選挙に出馬し、30歳で初当選しました。
府議時代には、吉村洋文氏らとともに政策チームに参加。本人のプロフィールでは、公務員制度改革条例や教育制度改革条例、客引き禁止条例の立案などに携わったと紹介しています。
大阪都構想を進めるための戦略づくりにも関わりました。府議会と市議会の関係者が参加した政治・行政改革の取り組みです。
大阪・関西万博誘致を早期に提言
岩谷氏は、大阪で再び万博を開催する構想を早い段階で提唱した政治家の一人です。
本人の詳細プロフィールでは、2014年に万博誘致を発案・提言したと記載しています。
きっかけとして挙げているのは、2020年東京オリンピックの開催決定でした。東京で2度目のオリンピックが実現するなら、大阪でも1970年に続く2度目の万博を開催できるのではないかと考えたそうです。
岩谷氏は維新の仲間に働きかけ、大阪維新の会府議団として当時の松井一郎大阪府知事へ提言したと説明しています。
大阪が2025年万博の開催地に決定したのは2018年11月です。その後、政府、大阪府、大阪市、経済界などが準備を進め、2025年4月から10月まで大阪・関西万博が開催されました。
万博誘致の早期提言と、国際博覧会の開催決定・実施はそれぞれ別の段階です。岩谷氏が関わったのは、誘致構想を政治課題として提案した初期の活動でした。
2026年には副首都法案の提出者として国会答弁
国政での具体的な活動として挙げられるのが、副首都制度をめぐる議員立法です。
2026年6月から7月にかけて行われた衆議院の特別委員会では、法案提出者として質問に答え、副首都の機能や必要性、財政負担、地方自治体の役割などを説明しました。
2026年7月15日の委員会では、政治が担う役割について次のように述べています。
「政治の責任というのは大きな方向性を示していくこと、そして決断をしていくこと」
出典:衆議院・2026年7月15日の委員会発言
副首都法案では、東京圏で大規模災害が発生した場合のバックアップ機能と、地方に新たな経済成長拠点を整備する仕組みが検討されました。
岩谷良平は維新の幹事長だった?吉村洋文・足立康史との関係
2024年12月に日本維新の会幹事長へ就任
岩谷氏は2024年12月、吉村洋文代表の下で日本維新の会幹事長に就任しました。
幹事長は政党組織の運営や候補者・選挙対応、党内調整などを担当する重要な役職です。
幹事長として2025年の参議院選挙に関わり、党の副首都構想などの政策を各地で説明しました。
2026年7月15日の国会答弁でも、前年の参議院選挙について、自身が当時幹事長だったことに言及しています。
2026年10月現在、岩谷氏は日本維新の会の幹事長ではありません。現在の公職は衆議院議員です。
吉村洋文とは大阪維新の会で活動
吉村洋文氏とは、大阪維新の会の初期から政治活動をともにしてきました。
本人のプロフィールでは、吉村氏を当選同期の盟友と紹介しています。岩谷氏が大阪府議、吉村氏が大阪市議だった時期から政策づくりで協力してきた関係です。
吉村氏がリーダーを務めた大阪維新の会の戦略チームにも岩谷氏は参加し、大阪都構想の実現に向けた活動を行いました。
足立康史との関係について
足立康史氏は、かつて日本維新の会で国政活動を行っていた政治家です。
岩谷氏と足立氏には同じ政党で活動した経歴がありますが、両氏の個人的な関係や特定の対立の有無について、公表資料から詳細を断定することはできません。
党内の人事や政治的立場の変化と、個人的な交友・対立関係は区別して扱う必要があります。
岩谷良平の政策・公約|副首都・教育無償化・経済成長
岩谷氏が重視するのは、行政・制度の改革によって経済成長を促し、次世代へ投資する政治です。
2026年の衆議院選挙では、選挙公約として「改革による経済成長の実現。」を掲げました。
- 経済成長:規制改革と産業活動の活性化
- 副首都:東京一極集中の是正と国家機能のバックアップ
- 教育:教育費負担の軽減と教育機会の確保
- 社会保障:持続可能な社会保障制度への改革
- 政治・行政:行政効率化と地方分権の推進
副首都構想で東京一極集中を是正
副首都構想は、東京に集中する行政・経済機能の一部を地方へ分散し、大規模災害が発生した場合にも国の機能を維持するための政策です。
岩谷氏は2026年7月14日の衆議院特別委員会で、複数の副首都を指定することについて質問を受けました。
「我が国において災害のリスクがない地域はない」
出典:衆議院・2026年7月14日の委員会発言
法案では、災害時に首都機能を代替する仕組みとともに、地方の都市機能・産業基盤の整備を進める考え方が示されています。
国会審議では、副首都を選ぶ条件、複数指定の必要性、国と地方の財政負担、都市制度との関係などが議論されました。
教育無償化と次世代への投資
教育無償化は、日本維新の会が主要政策の一つとして掲げてきたテーマです。
家庭の経済状況による教育機会の格差を減らし、子供が教育を受けやすい環境をつくることを目指しています。
制度を拡充する際には、財源の確保、公立・私立学校への支援、教育の質の維持なども検討課題になります。
東大阪の製造業と日本経済の活性化
岩谷氏の地盤である東大阪市は、中小企業や製造業が数多く集まる、ものづくりのまちです。
岩谷氏は、経済成長を重視する立場から、民間の活動を妨げる規制の見直しや、成長を促す行政・制度改革を主張しています。
2026年の衆院選で示した重点政策も、社会保障と政治・行政改革でした。
岩谷良平の選挙区は大阪13区|2021年・2024年・2026年の選挙結果
岩谷氏は大阪13区(東大阪市)を地盤とする衆議院議員です。
2021年の衆議院議員総選挙で初当選し、2024年、2026年と3回続けて当選しています。
| 選挙 | 得票数 | 結果 |
|---|---|---|
| 2021年10月 | 101,857票 | 初当選 |
| 2024年10月 | 79,898票 | 再選 |
| 2026年2月 | 77,433票 | 3選 |
出典:選挙ドットコム・岩谷良平氏の選挙履歴、2026年大阪13区選挙結果
2026年衆院選は77,433票で当選
2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙では、日本維新の会の候補として大阪13区に出馬しました。
結果は77,433票を獲得して小選挙区で当選。得票率は37.9%でした。
自民党の宗清皇一氏は65,193票を獲得し、比例代表で当選しました。
大阪13区の投票率は53.54%で、2024年の49.55%を上回りました。
岩谷氏の得票数は2021年から減っていますが、候補者数や対立候補、投票率などの条件も選挙ごとに変わっています。
岩谷良平の評価・評判と政治活動をめぐる論点
岩谷氏の政治活動を評価する材料には、大阪府議時代の改革政策への関与、企業経営の経験、国政での法案審議や党運営などがあります。
民間企業の経営者から国会議員へ復帰した経歴は特徴的ですが、企業経営の実績について、売上や店舗数などを具体的に比較できる十分な資料は得られていません。
副首都構想では制度や財政負担が争点
副首都構想をめぐっては、東京のバックアップ機能を整える必要性だけでなく、指定地域の要件、整備費用、既存の都市制度との整合性なども議論されています。
岩谷氏は法案提出者として、これらの論点について国会で説明しました。2026年7月の審議では、整備方針に自治体の意見を反映させることや、災害の種類に応じた複数拠点の機能分担などが取り上げられています。
不祥事や国籍について公表されている情報
岩谷氏本人に関する重大な違法行為や不祥事を断定するには、具体的な事実と根拠が必要です。今回参照した主要資料だけでは、そのような問題を裏付ける情報は得られていません。
国籍についても、特定の外国籍や外国出身であるとする未確認情報を事実として扱う根拠はありません。衆議院の公式プロフィールには「昭和五十五年大阪生まれ、大阪育ち」と記されています。
岩谷良平の人物像|ラグビー・空手と司法試験への挑戦
岩谷氏は、子供の頃からラグビーに取り組んでいました。
小学生時代にはラグビースクールに通い、東大阪市の花園ラグビー場でも試合をした経験があると、自身のプロフィールに記しています。
高校からは空手にも取り組み、正道会館で稽古していました。
学業面では、高校時代の成績不振から大学受験で勉強に取り組んだ経験や、司法試験で不合格になった経験を本人が公開しています。
本人のブログは、政治家になる前の生活や学生時代の考え方が直接語られている資料です。岩谷氏の詳細プロフィールで、経歴と当時のエピソードを読むことができます。
岩谷良平の事務所・公式サイト・X・YouTube
岩谷氏の国会活動や東大阪市での取り組みは、所属政党の公式サイトや本人のSNS、動画配信などで公開されています。
公式Xアカウントは@Iwatani_Ryoheiです。個別投稿の本文や公開状態を十分に検証できなかったため、この記事では未検証の投稿URLを埋め込みとして掲載していません。
地元事務所は東大阪市永和
日本維新の会の公式プロフィールには、地元事務所と国会事務所の所在地が掲載されています。
| 地元事務所 | 〒577-0809 大阪府東大阪市永和1-25-14 2F Celeb布施東 |
|---|---|
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岩谷良平の現在の政治活動と今後の課題
2026年10月時点で、岩谷良平氏は大阪13区選出の衆議院議員として3期目を務めています。
衆議院の公式プロフィールには、党幹事長や党総務部会長、安全保障調査会副会長、衆議院総務委員会理事などの経歴が記載されています。
2026年の国会では副首都法案の審議に関わり、地方への国家機能の分散や災害対応の制度設計について答弁しました。7月には参議院側の審議にも法案提出者として出席しています。
副首都制度をめぐっては、行政機能のバックアップ、地方自治体との協議、整備費用の確保、都市制度のあり方など、具体的な制度運用に関する議論が続いています。

